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失われた宿題

 図書館で本を借りると、以前借りたであろう方の痕跡が残っている時があります。ちょっとした折れとか汚れとか、そういう意図せずついたものもありますけれども、特に目立つのは意図的な痕跡です。

 一番多いのは書き込みです。中でも文章に線を引いたり、丸をつけたりするのをよく見る。公共のものになぜそんなことをするのか、という真っすぐな疑問は当然として、私がよく分からないのは「どうせ2週間後には返す本なのになぜチェックを入れるのか」という点です。文章を記録する方法なんていくらでもあると思うんですが。自分の本だと勘違いしてつい書いちゃったということでしょうか。

 他にも、勝手に校正している書き込みもあります。単純な変換ミスから、書き込んだ人の意見が入っているものまでいろいろです。それとは別に、表紙に自分の主張をポエム形式でつらつら書いているのまでありました。図書館の本に書くよりもネットに書いた方がまだローリスクで幅広い人に見てもらえると思うんですが、どうしてそんなところで主張しようと思い立ったんでしょうか。本当に不思議です。

 開いた口が塞がらなかったのは、ページを切り取った跡があったことです。法律の解説書だったんですが、数ページ丸々なくなってたんです。ビリッと破ったあとではなく、定規を当ててカッターで切り取ったような真っすぐなラインが残されていました。明らかに計画的かつ意図的に行われた犯行です。そんなにちゃんとやるんだったら、しっかり働いて得た給料で買えばいいのに、そこらの優先順位が不思議なことになってるんでしょう。

 本に紙が挟まっていることもあります。圧倒的に多いのは返却日を印字した紙です。本を借りる時にプリントされるやつですね。私もしおりの代わりに使うことが多々あります。なんかビックリするくらい昔の返却日が記された紙が挟まってたこともあって、そんなに借りられてないのか、などとどうでもいい発見をしてしまったりもします。

 そんなある日のことです。私、脳が深刻な故事成語不足だと気づきまして、故事成語がいっぱい載ってる本を借りたんです。実際に借りてみたらかなり大型の本で、イラストもたくさん載っている。故事成語ビギナー向けの本なのか、と思いつつも、いざ読んでみるとすごい難しそうな故事成語まで載っていて、幅広い故事成語ユーザーに向けられた本だと分かりました。

 自宅に戻ってすぐに本を開き、脳に故事成語を補給しておりますと、何やら紙が挟まっています。返却日を印字した紙にしてはやけに大きい。しかも、どうやら折りたたまれた状態のようです。早速、紙を開いてみますと、明らかに学校のプリントでした。内容は「好きな故事成語」で、自分の好きな故事成語を選び、その由来と意味、それから好きな理由を記入するという、いわゆる宿題というやつです。

 プリントには途中まで記入された形跡がありました。少年にありがちな、異様に強い筆圧で書かれた文字で名前と学年と組まで書かれている。

 プリントがないと知ったその子は真っ青になったことでしょう。いろんな感情が腹の底に変な鈍痛をもたらし、あれこれ思案を巡らせた末、処刑台への階段を上るような気分で職員室へおもむき、担任の先生にプリントを失くした旨を報告し、怒られたかもしれません。数々の宿題を忘れてきた私、こういうことは嫌というほど経験してきたのでよく分かります。

 同時に、今となっては多少の宿題忘れなんて大した影響がないことも知っています。ただ、一応、そのプリントは見て見ぬふりをし、再び本に挟んで返却しました。その行動が正解かどうかは分かりませんが、まあたぶんベストではないと思います。宿題をちゃんとやるような子供だったら、こんな大人にはならないんでしょう。どうもすいません。

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