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いわゆる「笑ってはいけない」状態

 友人から文学の学会を覗いてみないかと誘われたんです。私は文学に全然詳しくありませんし、友人はその学会に所属しているわけではない。なんで誘ったのか、いろいろと謎だらけです。ただ、学会に所属していない、いわゆる外部の人も参加可能とのこと。よく分かりませんが、とりあえず友人の誘いに乗ってみました。

 会場は某大学の一室でした。早速、受付に行きますと「名前と所属を書いてください」とのこと。名前はともかく、はて所属とな。多分、自分が所属している大学とか研究所とか、そういうものを書くんだと思うんですが、友人に誘われて何となく来た人間にそんな大層な所属などあるはずがございません。「あの、フラッと来ただけなんですけど、どうしたらいいですか」と正直に尋ねますと、受付も何かを察したのか「空欄でもいいですよ」とお答えくださいました。

 とりあえず、部屋に入ると先客がチラホラいらっしゃいます。室内は学校の教室くらいの広さで、お世辞にも大きなイベントとは言えない。いただいた進行表を友人と確認すると、挨拶から始まって、学会に所属する大学院生の研究発表、教授同士の討論会、専門家を招いての講演と、いろいろ盛りだくさんなことだけは分かります。

 挨拶で登壇した先生は開口一番「こんな小さな学会にお集まりいただいてありがとうございます」と、上品な自虐ネタを放り込んできました。確かに、学会と言うとどこかの会議室を借りて、大勢の人を招いてああだこうだするイメージがありましたが、それに比べてこの学会はかなりコンパクトです。それからも、その先生は学会の展望を話しつつも、「昨年も〇〇先生に頼み込んでどうにか学会に入っていただき」などと更なる自虐ネタを挟んで参ります。大規模な学会だって大変でしょうが、小規模な学会には様々な苦労があるようです。

 さて、挨拶も終わり、大学院生の発表に移ります。ビシッとしたスーツを着た女性が緊張した様子で発表を始めます。私たちは、進行表と共にいただいた研究資料を眺めながら大学院生の話を聞くわけですが、先ほども書きました通り文学に詳しくありませんから、日本語で書かれた資料をもとに日本語で発表しているはずなんですが、内容がなかなか頭に入ってこないんです。早い話がよく分からない。せいぜい「文学研究の発表ってこんな感じなんだ」という浅い感想を抱くのがやっとでした。

 分からないなりに理解しようと頑張るんですが、集中すればするほど余計なものが目についてきます。大学院生の女性は見るからに真面目そうな方なんですが、研究対象である文学作品はどうも登場人物が揃いも揃って荒々しいおじさんばかりなんです。文学で大学院まで行く人なんて、きっと文学研究で食っていこう考えている文学ガチ勢のはずです。つまり、大学院生は荒々しいおじさんと性格的に対極の位置にいると言っていい。

 当然ながら荒々しいおじさんたちは口を開けば荒々しい言葉ばかり飛び出す始末です。大学院生が普段話している言葉遣いとはかけ離れているに違いない。それでも、文学研究ともなれば時に荒々しいセリフを引用しなければいけませんし、仮にそれが重要な部分でしたら発表で読み上げなければなりません。

 しかし、真面目な格好の大学院生が、淡々とした説明口調で「この野郎、ぶっ殺してやる」と機械的におっしゃったところが私の笑いのツボに入ってしまったんです。他にも、「てめえ、何しやがんだ」だの「やってやろうじゃねえか」だの、荒くれ者が荒くれて発するはずのセリフを、大真面目に淡々と説明し続ける。そこに感情はなく、研究のため仕方なく言っている感がありありと伝わる。こう書いてても、あの時の面白さが伝わりきらないのが本当にもどかしい。とにかく、私は口を押さえ机にうずくまって肩を震わせ、隣の友人はそんな私を白い目で見ていました。

 結局、貴重な経験も「変なところでツボに入ってしまった」という記憶だけが残される形となってしまいました。その後の討論会とか講演とかは「参加した」という事実しか覚えてません。普段行かないようなところへ行くのは悪いことではありませんが、時にはこういう場合もあるのでしょう。

 ちなみに、この文章を書くにあたって当時の資料を引っ張り出してきたんですが、何となくその大学院生の名前を検索してみました。そしたら、ちゃんと大学の先生になっていました。聞いている私がアホだっただけで、あの大学院生は当時からキッチリ研究されていたのだと思います。だからこそ、より一層「この野郎、ぶっ殺してやる」のセリフが味わい深くなってしまうわけなんですが。

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