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人知れずスイカを埋めに行った話

 毎年、スイカをくれる友人がいるんです。友人もスイカが好きで、知り合いの農家から買い付けているそうなのですが、その中でふたつみっつを私に融通してくれるんです。

 このスイカがまたうまいんです。甘くて水分豊富、夏が暑ければ暑いほど果汁が身体にしみます。暑い中を帰宅して、そのままスイカを包丁で真っ二つに割り、スプーンでシャクシャク食っているとあっという間になくなる。夏の日の贅沢です。

 今のような状況ではなかなかできませんが、昔はお盆休みのたびに帰省していました。ある年もいつものようにお盆の帰省を計画したのですが、そこへ例のスイカをくれる友人から連絡がありました。

「今年最後のスイカが手に入ったんだけど欲しい?」

 欲しいのは当然として、問題は時期です。私、もう数日後には新幹線に乗って東京駅から田舎に帰省する予定なんです。友人にそう伝えると、意外にも「ちょうどいいタイミングだ」という返答が。

「その日、東京駅に行く用事があるからスイカ持ってくわ」

 スイカが手に入るならいいかと思った私、特に何も考えず了解いたしまして、東京駅で友人からスイカを受け取りました。友人はまるで爆発物でも渡すかのように周囲の様子をうかがいながら渡してきたんですが、そういうのはせめて監視カメラの死角でやってもらわないと鉄道警察隊に誤解されると思うんですよ。いや、死角でやる方が誤解されますか。

 いずれにしろ無事にスイカをもらった私、当初の予定では新幹線で食べようと思っていたんです。そのためにフォークとスプーンも用意していました。フォークで真っ二つに割ってスプーンでシャクシャク食べるつもりだったんですね。しかし、帰省ラッシュで新幹線は激混みです。とてもじゃありませんが、周囲の注目をはねのけてスイカを割り、1玉おいしく召し上がれる強い心を持ち合わせてはいません。駅に着いて路線バスに乗り換えてからも同様です。むしろ、路線バスでスイカを食べるなんてヤバさ倍増です。結局、スイカを忍ばせながら実家に着いてしまいました。

 普通のちゃんとした大人ならばお土産として両親に渡す選択をするのでしょう。しかし、食い意地のはっていた私は食おう食おうと思っていたおいしいスイカを両親に渡すのはためらわれました。その上、普段からお土産なんて買って帰らないような親不孝者でしたから、きっと「これどうしたの」と聞いてくるに違いない。スイカをもらった経緯を両親に説明するなんて面倒でやりたくありませんでした。ですから、私は実家に着く前から心に決めていました。ひとりでこっそり食べてしまおうと。

 夕飯を食べ終わり、デザートまでしっかりいただくと、私は自分の部屋に戻りました。もちろん、デザート第2弾であるスイカを食べるためです。隠し持っていたスイカを取り出すと、同じく隠し持っていたフォークでスイカを軽く叩いてうまいこと割り、これまた隠し持っていたスプーンでスイカを食べました。

 無事に食べ終えたのはいいんですが、半球状の皮がふたつ残っています。適当に捨てたのでは家族に見つかってしまう。そう思った私、何を血迷ったのか、実家の畑の隅に埋めてしまおうと考えました。しかし、玄関から出るとそばの居間でテレビを見ている家族に物音で気づかれてしまう。ならばと私、玄関からこっそり靴を取ってきますと、自分の部屋の窓からスイカを持って外へ脱出しました。そして、隣の蔵からシャベルを拝借し、私は近くの畑へ向かいました。

 畑は細い二車線道路に接していて、隅のほうはそこそこ草木が生えていました。遠くに家々の明かりが見えますが、畑の周辺は真っ暗です。私はスマートフォンのライトを頼りに埋める場所を選定し、ここなら誰も耕さないだろうというところで穴を掘り始めました。穴を掘るのは大変だと言われていましたが、マジで大変でした。土が意外と固いんです。どうせヤバいものを処理するわけでなし、家族に気づかれる前にサッサと埋めて帰ることにしました。

 すると、畑に面した道路から車の走る音が聞こえ、私は思わずしゃがんで息をひそめました。やがて、サーチライトのように畑を明るく照らしながら1台の車が通り過ぎてゆきました。いやあ、危なかった。思わずため息をつきましたが、私は実家の畑にスイカの皮を埋めているだけで、別に犯罪をしてるわけじゃないんです。なぜ身を隠す必要があるのか。複雑な想いが心に渦巻きつつもスイカを埋め終えた私はスコップを洗って蔵に戻し、自分の部屋の窓から帰宅しようとしたんです。

 出かける時は気づかなかったのですが、窓から部屋に戻ると姿見が真正面にくるんです。つまり、窓から侵入する私の姿がよく見えたんです。もう自分でドン引きしました。窓から入ろうとする格好も充分問題なんですが、本当に悪そうな顔をしていたんです。

 たかだかスイカを自宅の畑に埋めるだけでこんな悪人面になりますか。もっとヤバいものを山奥に埋める人はきっとものすごい顔になっているんだと思います。スイカを隠れて食うだけで余計なことをいろいろ知った夏の日でございました。

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