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腕時計を苦手にさせた腕時計

 たまにごつい腕時計している方がいらっしゃいます。とにかく文字盤がでかくて、現在の時刻だけでなく別の何かも確認出来たり、小さな歯車がカチャカチャと動いていたリ、何やらいろいろ調節できるネジが周囲についていたりと、とにかくごついやつです。している方は大体が男性で、きっと高価なんだなあと思います。羨ましいかと申しますと、ちょっと羨ましい。でも、購入には至りません。高いというのも理由のひとつではありますが、もうひとつ別の要因があるんです。

 昔はむしろごつい腕時計に対する憧れが強い少年でございました。なんか格好いい。単純な理由です。

 私が小学校6年生だった時だと記憶しています。某テーマパークに行った時のこと、とあるお土産物屋にごつめの腕時計がありました。お値段は1万円を優に超えておりまして、小学生の買い物としては高級です。でも、なんか欲しくなってしまいました。

 私は母に、遠慮がちに「あの時計が欲しい」と言いました。我が家では高い買い物の場合、母の許可がいるというシステムでした。母親は一瞬だけ眉をひそめましたが、「いよいよこやつも腕時計が欲しがる年頃になったのか」と感慨深くなったのか、買ってもいいと言ってくれました。

 さて、晴れてごつめの腕時計を購入した私、当然ながらお出かけの際は常につけて行きましたし、家にいるときは自分の机に飾っておきました。しかし、私と時計との蜜月関係はそう長くは続かなかったんです。

 いつの頃かはよく覚えていませんが、時刻はしっかり記憶しています。夜中の12時、明日に供えて布団に潜り込んでいる私の部屋に「ピコーンピコーン」と聞き慣れない電子音が鳴り響きました。しかも繰り返し繰り返し、しつこく鳴るんです。

 最初は何が何だかよく分からず、心臓をバクバクさせながら布団に潜り込んでいました。1分も待てば電子音は途切れ、静かな夜が戻るからです。しかし、真夜中にいきなりどこからともなく電子音が鳴るなんて心臓に悪くて仕方がありません。やがて、原因究明を試みまして、まあすぐに突き止めはしたんです。皆さんお察しの通り、あのごつめの腕時計でございました。

 どうも腕時計を触っているうちにタイマーを作動させてしまったようなんです。時刻は午前0時がデフォルトだったんでしょう。結果的に私のごつい腕時計は真夜中にけたたましい電子音を鳴らす騒音マシンとなってしまったわけです。

 タイマーなんて止めれば全て解決、と思ったんですが、スヌーズ機能こそすぐ分かったものの、タイマー自体を取りやめる方法が分からないんです。ごつい腕時計を手に入れた嬉しさで説明書を速攻で紛失させたのが悔やまれるところです。

 いろいろ対策は練りました。23時57分ごろからごつい腕時計を手元に置いておき、アラームが鳴った途端にスヌーズを狙う。しかし、この方法は0時が近づくにつれて緊張する生活に耐えられませんでしたし、しばしば忘れて不意打ちのアラームにビビらされてしまうんです。箱に入れた上で机の引き出しの奥深くにツッコむ方法も試しましたが、アラームの音がかなりの貫通力で、あんな奥地からでも余裕で私をビビらせてくるんです。その間もタイマーを止める方法を探してはいましたが、どこをポチポチ押しても夜中にひと騒ぎする悪癖は直る兆しがありません。

 こうなると小学生にはお手上げです。私は母にレスキューをお願いしました。母もタイマーを止める方法を探しましたが、説明書のない精密機械は難易度が高くどうにもならない。母が出した結論はこうでした。「物置の奥に入れておきましょう」。つまり、アラームが聞こえない場所にごつい腕時計を突っ込んで誰の耳にも入らないようにする。引き出しの奥の改良版です。

 小6と同じ発想ではございましたが、さすが大人が改良しただけあってアラーム音は全く聞こえなくなりました。やがて、あれだけ喜んだり悩まされたりしたごつい腕時計の記憶は徐々に薄れてゆき、存在も滅多に思い出さなくなりました。

 それから数年後、私は何となくごつい腕時計の状況を尋ねました。すると、母はこう答えました。「電池が切れたから捨てといたよ」。

 私としては既にごつい腕時計を手に入れた嬉しさよりもアラームのわずらわしさが圧倒的に上回っていたので勝手に捨てられても何とも思わなくなっていました。ただ、何で電池が切れるまで待っていたのかは未だに分かりません。速攻で捨てるのは勿体なく思い、せめてもう少し捨てる理由が欲しかったのかもしれません。

 以降、私は腕時計を買わないまま現在に至ります。誰かがごつい腕時計をつけているのを見ても、例の真夜中アラームアタックのわずらわしさが羨ましいという感情を抑え込むようになってしまいました。

 そう考えると、あのごつめの腕時計は私の人生に随分と影響を与えている気がします。

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