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本当にある不思議な「著作権法」事件名⑤ 誤解編

 何の気なしに著作権法の本を読んで知ったのですが、どうも法律の世界では過去の裁判を「〇〇事件」みたいな名前で呼ぶ場合があるようです。いろんな法律の本を流し読みした印象だと、法律によって判決に名前をつける・つけないの差があり、著作権法は非常によくつける文化圏のようです。

 何しろ裁判の結果ですから、多くは普通の事件名なのですが、調べてみると変わった事件名もチラホラありまして、思わず集めてしまいました。そして、せっかく集めたので、こうやって載せてみた次第です。

 事件名は次の書籍に載っているものから選びました。事件の内容についても多くはこちらを参考にしています。旧版も混ざっていますが、ご容赦ください。

著作権判例百選 第5版、有斐閣、2016
著作権法詳説 第10版、勁草書房、2016
著作権法入門 第2版、有斐閣、2016
著作権法 第2版、有斐閣、2016
著作権法 第4版、民事法研究会、2019

 また、上記書籍以外にも、各事件を説明する上で参考にしたサイトは事件ごとに記してあります。

 ちなみに、私は法律の素人ですので、説明の正確性については保証できません。ここでは主に事件名を楽しんでいただき、法律の知識が必要の際は専門家や専門書をご活用くださればと存じます。

 集めた事件名がそれなりの数になったので、ジャンルごとに分けてみました。今回は表記が誤解を招きそうな事件名を選びました。

 それでは参ります。


サンジェルマン殺人狂騒曲事件(東京地裁 平成3年2月27日)

 ミステリー小説のタイトルがそのまま事件名になっています。そのため、ミステリー小説に出てくるような事件が本当に起きたかのように見えてしまいました。
 もとはフランスの作家が書いた作品で、それを翻訳して出版されたのが「サンジェルマン殺人狂騒曲」です。しかし、原告側が「自分の翻訳したものをパクって出版された」と主張して裁判になりました。
 文章自体は同じ小説を翻訳したために内容が似てしまうのは仕方がないことであり、それでいて細部の表現は異なっていました。更に、原告側が翻訳文を被告出版社に発送するよりも前に、被告側の翻訳家が日本語訳を完成させていた事実がダメ押しとなり、著作権の侵害は認められませんでした。ちなみに、原告は裁判で、いかに自分の日本語訳が正しく、被告の日本語訳が間違っているかを主張しましたが、「それはつまり原告と被告の文章が異なっているということである」と判断されました。

参考サイト
インターブックス
https://www.interbooks.co.jp/column/jpatent/20170831/
裁判所
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/891/013891_hanrei.pdf


インド人参論文事件(大阪地裁 平成16年11月4日)

 「インド人参事件」などの表記も確認できます。インドの人参のはずが、どうしてもインド人と読んでしまいます。
 事件名通り論文に関する裁判です。原告が「あの論文は自分の論文をパクってる」として訴えました。
 誰の発見かは学術論文としてはもちろん大切な争点にはなるのですが、著作権法で争うとなりますと、発見や仮説は誰が書いても同じような表現になるため創造性が否定され、著作権の侵害はないと判断されてしまいます。本件がまさにそれであり、ちゃんと白黒つけたいなら別の方法を考えたほうがよさそうですね。

参考サイト
知的所有権判例ニュース
https://www.hanketsu.jiii.or.jp/hanketsu/jsp/hatumeisi/news/200511news.html


毎日がすぷらった事件(大阪地裁 平成13年8月30日)

 表記は「まいにちがすぷらった!」事件などいくつかの形があります。文章を読んで進めるタイプのゲーム「ノベルゲーム」に収録されているシナリオのタイトルをそのまま用いた事件名です。裁判自体は別にスプラッターではないようです。
 事件名の表記が複数ある理由は、そもそもゲーム内のシナリオタイトルが「毎日がスプラッタ」「まいにちがすぷらった!」「毎日がすぷらった」の3種あるからです。シナリオの作者はその点を問題視した他、作者の了解を得ず勝手にシナリオを改変されたため、裁判となりました。
 その結果、著作者の意に反して改変する事を禁止する「同一性保持権」を侵害したと認められました。

参考サイト
上野達弘先生のサイト
http://www.f.waseda.jp/uenot/hanrei/txt/h130830.txt
ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%80%9C%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%81%82%E3%82%89%E3%81%97R%E3%80%9C


弁護士のくず事件 (知財高裁 平成22年6月29日)

 漫画のタイトルを冠した事件名です。主人公はクズな弁護士で名前も九頭さんとのこと。ダメな弁護士が起こした事件ではありません。
 漫画の内容が自著の小説に似ているとして小説の作者が起こした裁判です。
 どちらも同じ実際の事件をもとにした話のためエピソードに共通する部分はあるものの、原告の創作的な表現を用いたわけではないと判断されました。そのため、当該作品は今でも読めるようです。

参考サイト
ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%81%E8%AD%B7%E5%A3%AB%E3%81%AE%E3%81%8F%E3%81%9A
ORICON NEWS
https://www.oricon.co.jp/news/77670/full/


井深大葬儀事件(東京地裁 平成12年12月26日)

 井深大さんの葬儀で何かが起きたかのような事件名になっています。葬儀について書かれた記事に関する裁判だったため、このような名前になったと考えられます。
 原告が自身の書籍の表現を勝手に使われたと主張する書籍が2冊あり、その両方を同時に訴えました。
 葬儀という実際に起きた出来事を伝える表現は誰が書いても似通ってしまうために創造性はほとんど認められないと判断されています。

参考サイト
上野達弘先生のサイト
http://www.f.waseda.jp/uenot/hanrei/txt/h121226c.txt
裁判所
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/750/012750_hanrei.pdf
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/751/012751_hanrei.pdf


終わりに

 いかがでしたでしょうか。いろんな名前があったことと思います。著作権関連の事件名は、事件のもとになった作品などがそのまま使われやすいため、不思議な事件名がたくさん登場していると推測できます。

 なお、当然ですがそれぞれの事件は原告・被告及び裁判所の方々によって真剣に行われたものです。そのギャップもあってか、不思議な事件名はより一層、目を引く名前となり、また魅力のあるものとなっています。

 長々と紹介して参りましたが、皆様がお楽しみいただけたのならば幸いです。次回はパッと見ただけでは内容がサッパリ分からない事件名をご紹介いたします。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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