見出し画像

山賊焼と馬刺しを食べたら、松本山雅に“入信”しそうになった――信濃の神々と戯れた酒場放浪記

滋味深き、山賊焼かっ食らわば緑の友。
信濃の駿馬しゅんめと目指さん、遥かなるいただき

ある夜、「お告げ」が松本山雅FCの監督・名波浩さんに似た神からもたらされました。

目を覚ました午前4時。ベッドの横には『すたすたぐるぐる信州編』と缶チューハイ。どうやら、就寝前のワタクシは酔っ払って読書をしたまま眠りについたようです。おそろしい夢を見ていたようです。

本の中で、中村慎太郎が味わう馬刺しとお酒、薄荷が頬張るおやきなど「文字の飯テロ」を仕掛けられたワタクシが見た夢。どう考えてもおかしな夢。

信州のご当地グルメである山賊焼と馬刺しを強烈に欲する、自らの怨念に取り憑かれたのでしょうか。この夜からワタクシは信州の名物を探す亡者となりました。

冒頭から珍妙な夢日記をシェアしたワタクシ、斉尾と申します。平日の日中は編集者・ライター、夜はサッカーのあるサッカー場を放浪し、奔放に食べ、自堕落に酔っ払うゴキゲン酒呑童子です。

アジア予選ではハイプレスとボール保持でガンガン仕掛け、世界の強豪相手には全員守備とカウンターで乾坤一擲けんこんいってきのチャンスを狙うサッカー日本代表のように、ワタクシの中に日中と夜2つのプレースタイルが存在しているのですが……。

本当はエブリデイエブリタイム、ゴキゲン酒呑童子でありたいと心の奥底から願い、日々酒を飲んでおります。

その際に、お酒の相棒ソウルメイトとなるのがサッカー。スタジアムの熱狂やサッカー場のスクリーンの喧騒をよそに杯を傾けるのがワタクシの生きがいで、今日もあてもなく必死にサッカー場を徘徊します。

地下鉄直結、土台はコンクリート製の都市型神社「水天宮」

2022年6月5日。夢に出てきた信州名物を探してさまよい歩き、たどり着いたのは東京都中央区にある水天宮前駅。安産祈願で知られる水天宮が立つ地で、ここには松本山雅FCを応援する居酒屋があるというではありませんか。

しかも試合開催の時間が13時キックオフであれば、それに合わせて観戦しながら昼飲みもできる。陽気が眩しい日曜日に、昼からサッカー場で酔えるとなれば心持ちは願ったり叶ったりです。

しかも山雅の相手はガイナーレ鳥取。近年は最下位付近をウロウロするチームですが、ワタクシが鳥取出身ということもあり、1年半前から応援しております。

ここ水天宮で、我が故郷のガイナーレ鳥取と松本山雅FCの対決を酔っぱらいながら観戦しようではありませんか。

さあ、お立ち会い。夢に見た信州名物はいかなる心地なるものか。味の遥かなる頂にたどり着けるのか。ずんぐりむっくりの酒呑童子が飲んで食って飲んで食っての酔狂伝。脳内信州天界物語をとくとご覧あれ。

待っていたのは「水天宮酒場 ゴチ」の堅牢

店外のスピーカーからも山雅の試合中継の模様が流れてきます

「水天宮酒場 ゴチ」。お店の前には「信州料理と地酒、旬の旨いもん」という世の飲兵衛を狙い打つキラーフレーズと、山雅のフラッグがたなびいております。ここはクラブの公式サポートショップで、山賊焼や信州そば、おやきといった信州のグルメと、クラフトビールや地酒などを山雅の試合とともに楽しめるサッカー場なんだそうです。

開店するお昼12時半にゴチに行きましたら、のれんはかかっているのに、シャッターは半分閉まっている状態。いきなり堅牢の陣を敷かれ、驚きうろたえる鳥取県民でしたが、ここは思い切ってお店の中に突入してみます。

普段から東京に住む山雅サポーターが集うと聞くサッカー場ゴチ。シャッターが半分閉まってはいますが、山雅サポーターがさぞかし大挙し、ひしめき合っていると予想していたのですが、店内は閑散としています。もしかしたら、キックオフ前に大挙して押し寄せるかもしれません。

念のため、予約はしていなくて飛び込みで入れるか、店長さんに聞いてみると……。

「もちろんもちろん、お席にどうぞ。今日はみんな鳥取に行っちゃったので……」。

なんと! 大挙しているのは水天宮ではなく、鳥取のほうか! なぜか山雅サポーターの方々と行き違いになった気持ちを覚えつつ、カウンター席に座り、クラフトビールと馬刺しを注文しました。

昨今のインテリアの流行、ブルックリンスタイルのような渋めの色合いの木目が印象的な店内。一枚板のカウンターやシックな黒い梁もあって、山小屋のロッジにいるかのように落ち着きます。これはいい酒が飲めそうだ……。

お先にクラフトビールが到着。「志賀高原ビール」ペールエールは、最初に柑橘のフレーバーが香り、こんな汗ばむ季節には最高の爽やかな味わい。志賀高原の天然水の特徴を引き出したこのエールビールはゴクゴク飲めて、おつまみが到着するまで飲み干してしまう危険があるほど。こりゃうめえビールだ……。

神々しい輝きを放つ赤身の馬刺し

そうして目の前に出されたのは赤きルビーでした。突然LEDの照明が全開で点いたような神々しい輝きに、すでにほろ酔いのワタクシは錯覚を起こし、この赤き神が認識できない状態になりまして、「これは事件だ」「試合前なのにすでに意識が現実から乖離しているじゃないか、しっかりしろ」と自分を鼓舞しまして、思い切り凝視しましたところ……。

これは、馬刺しだ。

こう思い至りまして、「嗚呼なんと幸せなことなんだろうか」と信州方面に五体投地したいような衝動に駆られまして、ぐっと握りしめた拳をほどき、馬刺しと対面に至りました。

普段は馬刺しを味わう際に、ショウガとニンニクすりおろしを醤油に溶かすのですが、ゴチの馬刺しにはそれがありません。その代わりに皆々様、お皿の右上を御覧ください。大根の鬼おろしが鎮座しておられます。

そう、鬼おろしです。粗めに大根をおろしまして、ザクザクの食感が楽しめるというアレです。赤き神は鬼で食べる。なかば神事に際したようなみずみずしい信心がワタクシに沸いてきまして、鬼を醤油に溶かし、少しレモンを絞り、ネギと一緒に馬肉で包んで食べましたところ……。

無数の馬の群れが我が舌の上を駆け回るではありませんかシコシコした食感と、醤油をたずさえた鬼おろしのおかげで赤身本来の旨味がいつまでも舌の上に残り、感謝の気持ちが湧いてきました。こんな舌鼓を高らかに打ち鳴らしまして、そのとき天がパッと割れたような心持ちがしました。

ニンニクやショウガのような風味の強い薬味で馬刺しを食べれば、肉本来の旨味をダイレクトに楽しむことができなかった。こう気付かされました。この馬刺しはそんな呪縛からワタクシを解き放ってくれた。言わば人生の師のような存在ができました。

山雅にガイナーレはボコられないだろうか……

さあ、試合が始まりました。山雅のエンブレムのグラスで信州ハイボール

馬刺しを食べて、天界と交信しながら酒を飲んでいたころ、試合はキックオフとなりました。頭上のスクリーンを見上げながら、目下6連敗中で最下位付近をウロウロする故郷のチームを憂います。

「J2昇格筆頭の山雅に、万年J3下位のガイナーレはボコられないだろうか」と。いかに鳥取ホーム開催といえど、散々な結果になることも覚悟しました。

さらに恐ろしいことに、松本や東京方面から本日は300人の山雅サポーターがAxisバードスタジアムを訪れているとのことなのです。普段は人っ子一人歩いていない鳥取市の往来ですが、山雅サポーター300人が来たとなれば動揺は免れません。犬猫たちはわななき、ご高齢の方々は「すわ何事か」と家財を持って家を飛び出してしまいます。

熱狂的なサポーターが鳥取を訪れるとは、そういうことなのです。おそらくバードスタジアムはガイナーレの緑より少し濃い山雅グリーンに染まっていることでしょう。少しのんびりした鳥取の人々がサッカーの熱狂を体験しているのです。ああ、鳥取に帰省しておけばよかった。

試合は一気呵成にガイナーレゴールを狙わんとする山雅の猛攻を耐えながら、負けじとカウンターを打つガイナーレという展開。

6連敗中の地獄にありながら、そこから脱出せんとするガイナーレのイレブンたちに自然と杯が開いていきます。試合に没頭していると、こちらにも松本の攻撃がやってきました。

黄金色にこれまた輝く山賊焼

お皿がカウンターに置かれた刹那、椅子が揺れるような衝撃。黄金色の衣をまとったナニカが何かを語りかけてきます。「私が誰かわかりますか」。

アナタは神の使いなのでしょうか。黄金色の躯体に白雪のような鬼おろし。嗚呼、これは山岳信仰だ。神を前にしたような神妙な感覚を振り払い、ワタクシは目の前で起きている現象に目を凝らします。

これは、山賊焼だ

薄らいでいく意識のなか、頬を自らビンタしたワタクシは、はっきりと目の前の現実が理解できました。厚めの衣に包まれたのは鶏モモの一枚肉。ニンニクと醤油のいい香りが口に入れる前でも香り、否が応でも箸を近づけざるを得ません。

山賊焼の輝かしい断面

口に放り込んでやると、その瞬間――。ザクザクした衣がまずこちらにショルダータックルをかまし、肉汁があふれ、しっとりした食感の鶏肉に封じ込められたニンニクと醤油がその旨味を補強します。山賊という名の通り、あっという間にワタクシは突然現れた暴れ者に意識と精神を制圧されてしまいました。

先ほど、ニンニクを軽んじる発言をしてしまいましたが、早くも後悔しています。彼は悪くなかった、悪いのは自分だった――。強すぎる風味を持つニンニクとは、確固たる信念と戦略をもって向かい合わなかればならなかったのです。

これまでの人生を自戒しつつ、チャンスを与えてもらった心境になりました。水天宮酒場ゴチでワタクシは天啓を得たのです。

水天宮のビル風にアルプスを感じて

ゴチのほど近くにおわす茶ノ木神社

スコアレスで迎えたハーフタイム。iQOSを吸いに店前の喫煙スペースに行くと、小さな神社がサッカー場近くに立っていることを発見しました。

馬刺しと山賊焼という神の2柱と出会ったのは天啓ではないか。すでに酩酊しているワタクシはこの巡り合わせに感謝の念を禁じえません。

そよ風は北から、頬をなでるように駆け抜けていきます。ただのビル風でしたが、長野県のアルプスの風のような、故郷・鳥取県の大山の風のような、そんな心持ちでお酒で火照った身体に涼やかな感覚がもたらされました。

後半も山雅の猛攻をすんでのところでしのいだガイナーレ。なんとか7連敗を免れて、上位チーム相手に勝ち点1を得ました。

細切りの八割そばで信州への酒旅を締める

信州の神よ、ありがとう。すでに前後不覚の酩酊状態ですが、信州そばで締めなければいけません。

わさび菜の醤油漬けが乗る信州そば。すすった瞬間のことです。

わが故郷は信州だ。

そのとき脳内にあふれ出したのは、存在しない記憶でした。毎年、里帰りしてアルプスの山々を仰ぎ見ては、涼風を感じ、酒を飲み、夜の静寂しじまに身を任せた。郷愁と酔狂の日々です。

郷里を思う心とそばをすすったあとの気持ちは似ている。鳥取が故郷だとお話しましたが、信州そばを食してしまったこの瞬間はどうか信州人であるとお伝えさせてください。

サッカー場よ、永遠なれ

ゴチに置かれていたなんらかの祝

今回のサッカー場放浪記はこれにて以上。『すたすたぐるぐる信州編』に合わせて、「水天宮酒場ゴチ」に参上しました。二度三度、神々に出会うがごとき酩酊を呈し、醜態を晒す。記憶を改ざんする。されど、大満足のサッカー場でした。

その土地のメシを食らいながら、地酒を味わう。そしてサッカーがその傍らにある。こんな体験ができるサッカー場はかけがえのないものです。次はどこで酔っ払おうか。こんな楽しみを抱きつつ、次なる放浪へ、ワタクシ斉尾は向かうのであります。

ここから先は

0字
スポーツと旅を通じて人の繋がりが生まれ、人の繋がりによって、新たな旅が生まれていきます。旅を消費するのではなく旅によって価値を生み出していくことを目指したマガジンです。 毎月15〜20本の記事を更新しています。寄稿も随時受け付けています。

サポーターはあくまでも応援者であり、言ってしまえばサッカー界の脇役といえます。しかしながら、スポーツツーリズムという文脈においては、サポー…

この記事が参加している募集

ご当地グルメ