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白茶けて、低い。


あの頃は、時刻表のないバス停でいつ来るかわからないバスを待つのが当たり前だった。数ヶ月に1度、下校後そのまま那覇に向かうために立っていたバス停「新町入口」は通っていた中学校からほど近く、「新町」とはバス通りの裏にある「真栄原社交街」の通称で、当時の私の認識は「飲み屋街」だった。

「高校落ちたら、新町で働くから先生もおいでねー」
足首までのひだスカート、手を上げるとお腹が丸見えな丈のセーラー服、極端に短い胸元のスカーフ。私とは真逆の仕様の制服とペタンコの学生鞄で通学してくる同級生達が、男性教師に向かってからかうように言うことがあった。彼らは苦笑するか、「おい!」と言うだけだった。

あの日、ひとりで「真栄原社交街」の看板の向こうに行ったのは、いい加減いつまで経ってもバスが来ないのに飽き、ふと思いついたからだろう。この時間なら営業前だから、咎められることはないだろうと、バス停からすぐの路地に入った。

あれっ?飲み屋街にしては何かさみしすぎる。今晩も営業するような気配が感じられない。風の強い日だった。冬の曇り空の下、白茶けたコンクリートの建物は揃って低くかった。向こうから、西部劇に出てくるタンブルウィード(回転草、オカヒジキの仲間らしい)が転がってきてもおかしくないなと思った。
もう少しだけ進んでみたかったし、同じぐらい引き返したかった。那覇行きのバスを逃すわけにはいかない。1本逃すとまた散々待たなきゃいけない。今度また見に来ればいい と急いでバス通りに戻った。
今度またの機会は訪れなかった。中学校を卒業し、その周辺とはすぐに縁が無くなった。しかし「白茶けて、低い」という新町の印象と疑問は、私の中に残り続けた。

飲み屋街じゃなかったこと、狭っ苦しい空間で性が○分〇〇円で取引されていること、赤や紫の照明が通りを染めていることなど、新町の実態を知ったのは大学生になって、同級生の男の子達、特に県外から来た子達を通じてだった。
紫の照明と聞いて、子供の頃流行ったセントポーリア栽培のことを思い出した。近所に、窓際でいく鉢ものセントポーリアを育てている家があった。夜、窓の外に漏れ出た育成灯の薄紫の光は昼間見るのとは全然違っていて、当時の私の言葉を借りれば「育成してるのに不健康」な色だった。その光を人が夜に浴びる街。ちょっとだけどんな景色か見てみたかった。白くて乾いていたあの街の夜の色合いを知りたかった。しかし、同性が冷やかしで見学に行ける場所ではない。そもそも、違法なのだ。

沖縄を離れて何年も経ってから、新町=真栄原社交街は無くなり、その跡地の建物のひとつが、ギャラリーになっていることはなんとなく知っていた。
昨年の実家滞在中に、そのギャラリー「PIN-UP」で写真展が開催されているという新聞記事を読んだ。今なら確かめに行けるかなと思った。38年前の冬の日の印象を。

そうしてカメラを持って出かけたものの、現地に到着すると、ここを歩いていてもいいのか?という後ろめたさや戸惑いや居心地の悪さが発生した。もう違法風俗営業の街ではない。過去のそれとは関係なく住う人や営む人もいるようだった。落ち着かないままに何枚か写真を撮った。

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やはり、白茶けて、低かった。
季節は少し違うけれど、時間帯はあの時と同じぐらいだ。

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通報した人っていたのだろうか?と直球すぎる疑問が湧く。

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軒のテントが破れてなくて、鉢物が生きていて、今も何かが営まれている気配の入り口があった。
打ち捨てられた感のある店の前に行き場なく溜まった水から、久々に嗅ぐドブの匂いがした。

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ゴールデンカップ(ウコンラッパバナ)の花を見つけた。大きい。
メキシコ原産、ナス科の半蔓性植物。

PIN-UPは、青く塗った平家が曇り空をバックに浮き上がっているように見える。不思議な存在感だった。

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この記事を書く準備をしていた9月上旬、原因不明の火事でPIN-UPが全焼したと知った。

ギャラリー内で撮らせてもらった写真。
(2019年3月24日 藤代冥砂さんの個展「山と肌」)

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上の写真の立っている男性が、この建物をギャラリーに改装したオーナーの許田さん。私が新町を訪れた38年前よりも後に生まれた若い人だ。

もうすぐ、クラウドファンディングも立ち上がりそう。
追記:2020/10/5  クラウドファンディングがスタート。
   PIN-UPがなければ、再訪し謎を回収することはなかった。
   支援の輪にそっと加わってみた。
 

驚いたのは、火事から1ヶ月もしないうちに、延期になった展覧会が同じ場所で開催されるということ。火災にあった建物内は立入禁止にして、外側から作品を観覧する方式にするのだそう。たくましい。

数年後には、再開発で街の名残も消えると聞いている。おそらく住宅地に変わるのだろう。あのまま残っていてほしい場所ではない。でも。でも?

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