見出し画像

僕はおまえが、すきゾ!

心にポッカリ穴が空いた気分だ。何だろう、この気持ちは。何だろう。
僕はその日、デイケアに来ていた。デイケアに来たのは、本当に久しぶりだった。
看護士の佐々木さんはいつも調子で、僕にまとわりついて来た。この人もかなり鬱陶しい存在だった。
「ねえ、その後、あの彼女とはどうなの」
佐々木さんはズケズケと人の心に土足で踏み込んできた。無神経な人だ。
「何だか、ちょっと前までと、武田さん、変わったみたいに見える」
「そう……ですか?」
僕はボンヤリと佐々木さんの話を上の空で
聞くともなく聞きながら、答えた。
「佐々木さん、こんな感覚分かりますか?」
と、僕は自分の考えている事を少しづつ、話し始めた。
「何何?どうしたって言うのよー」
佐々木さんは小刻みに僕の心の中に、自分の言葉をねじ込みながら、言った。
「何だか……、凄く体が疲れて……心にポッカリ穴が空いたような、そんな感じなんです」
僕がそう言うと、佐々木さんは答えた。
「それって陰性症状なんじゃないの?」
「そうなんですかね?」
僕はそう言って、ため息を吐いた。
「ため息は幸せが逃げて行くよ。罰金ものだわね」
はあ、と僕は答えたが、あまり佐々木さんの言葉をまともに聞いていなかった。
僕はまたため息を吐いた。
「それ、恋じゃない?」
「え?」僕は驚いて答えた。
「武田さんも遂に恋に目覚めたか」
「恋?!……ですか?」
「そうよ、恋よそれは」
「恋……か」
僕は小さく呟いた。
「相手は誰なの?この前の女の子?」
「うん……いや。もう振られちゃったんです」
「振られちゃったか」佐々木さんはカラリと乾いた声で言った。
「はい」僕はポツリと答えた。
「失恋なんて誰にでもある事よ。大丈夫大丈夫」
「こんな気持ち、初めてで……」
「そうなのー?」佐々木さんは軽やかに言った。
「佐々木さんは看護師なのに、どうしてそんなに明るく言えるんですか?」
僕はちょっと不機嫌に佐々木さんに言った。
「それ、武田さんの初恋じゃない?」
「初恋?」
「そう、初恋。初恋に敗れる男、武田宏人。ちょっとカッコよくない?」
僕がこんなに苦しい想いをしているのに、佐々木さんは、物事は簡単だとでも言うように、ハツラツとした声で言った。
「初恋か……」
「武田さんはその恋を忘れないようにして、次に進めばいいのよ」
「次に……?」
「そうよ、周りを見て見なさいよ。世の中にはたくさんの素晴らしい恋が溢れてる」
そうか……と僕は心の中で呟いた。
そうか、あの気持ちは恋だったのか。だから僕は今、元気が無いんだ。佐々木さんは次の恋に進めと言ってくれた。世の中には、たくさんの恋が溢れてるとも言った。だけど、僕には今のこの気持ちを受け止めるので精いっぱいだった。この気持ちを頭の中で整理するので、精一杯だった。
だから、これが恋なら、次に進むのは、もうちょっとゆっくりがいいな。
そうしたら、僕も今度はちゃんとした恋が出来るかな?
僕には、新しい恋が待ってるのかな?」
そう考えたら、少し僕は前を向けるような気がした。
             完

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?