トートロジー(同義反復)は気持ちいい? 「読解力」と「国会答弁」

▼「こどもの読解力低下」と、「森友・加計学園問題」に象徴される「論理軽視の国会答弁」とに共通するものがある、という新井紀子氏の意見に傾聴したい。2018年4月17日付毎日新聞夕刊から。

▼まず、こどもの現状はどうか。くわしくは名著『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)を読んでいただくとして、一言でいうと〈中高生の多くが実は教科書に書かれているような文章すら読めていない、というショッキングな現実〉が目の前にある。井田純記者は2012年に新井氏に取材した時のやりとりを紹介する。

〈「大学生数学基本調査」で、「平均」が何を意味するか理解していない大学生が約4分の1に上ったことについて、新井さんはこう指摘した。/「ある意味で、民主主義が成り立たなくなるのでは、という危機感さえあります」/民主主義は、社会を構成する市民が「論理」を土台にして議論できる、ということが前提になっているシステムだからだ。今国会の森友・加計学園問題をめぐる議論を思いださざるを得ない。記録にある事実を「記憶」で否定し、あった文書をなかったことにして、出てくれば開き直り、それを押し通す。論理がないがしろにされている現状は、読解力低下と共通する問題があるのではないか。

 新井さんがこうした兆候を感じ始めたのが、小泉純一郎首相の「イラク特措法」をめぐる04年の答弁だ。民主党の岡田克也代表(当時)が、特措法が定める「非戦闘地域」の定義をただしたのに対して、「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ」との説明を繰り返した。「これはいわゆるトートロジー(同義反復)で、論理の上では何も言っていない。それまでの政権なら、デタラメ過ぎてこんな空疎な答弁はなかったと思います」。その自衛隊イラク派遣をめぐっては、「ない」とされていた日報の存在が明らかになったばかり。問題の「戦闘」の記載も出てきた。〉

▼ここからの新井氏の推測が面白い。一つは、ここ10年ほどで「トートロジーを理解できない人」が増えているのではないか。もう一つは「気持ちよくなってしまっている」人たちのこと。

当時は、小泉元首相自身も「トートロジー」に過ぎないとわかっていたはずで、受け止める市民にも「何も言っていないが、面白いから座布団1枚」という空気があった、と新井さんはみる。「それが今の国会では、何がトートロジーかわからずに言っている。聞く側もトートロジーかどうか理解できない人が半分くらいになってしまったのではと危惧しています

 安倍晋三政権を擁護して「モリカケに執着しているのは非生産的だ」と主張する人たちは「そう言うことで気持ちよくなってしまっている」と新井さん。

▼気持ちよくなってしまっているーーここでも、ソーシャルポルノに耽(ふけ)った「この世界の自分化」の兆候がみてとれるかもしれない。

▼「記録」を軽視し、「記憶」を重視する。「論理」を軽視し、「数」で押し切る。解決のカギを考えれば、自然と「こどもの読解力の強化」に行きつくだろう。

教科書を読める大学生に、「日本の国会答弁におけるトートロジーの変容」というテーマで論文を書いてほしいものだ。

(2018年11月24日)

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