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カード社会は買ったものの金額をすぐ忘れる件

ポール・ロバーツ氏の『「衝動」に支配される世界』には、「消費者社会」を象徴する面白い情報がたくさん紹介されている。一人の学者が〈不合理で、危険でさえある〉クレジットカードの存在に目をつけた。

〈シカゴ大学の行動科学者、ディリップ・ソーマンがある研究を開始した。デジタル技術の一つであるクレジットカードが、人間の脳にどのような影響を及ぼすか、という研究である。〉(88頁)

以下は、ソーマン氏のいくつかの実験の一つ。筆者はわが身を振り返ってちょっと寒気を覚えた。

〈ソーマンは三日間にわたり大学内の書店の外に立って、出てきた買い物客に、いまの買い物で払った金額を尋ねた。そして、レシートを見せてもらい、被験者の答えと実際の金額を比較した。その結果は、滑稽とも言えるものだった。
 現金や小切手、デビットカードで払った人たちは、その三分の二がセントの単位まで正確に金額を思い出せた。残る三分の一も、違いは3ドル以内だった。では、クレジットカードで買った人はどうだっただろうか。買い物をしてから10分も経っていないにも関わらず、答えた金額と実際の購入金との違いが1ドル以内だったのは、被験者のわずか三分の一だったのだ。別の三分の一の人々は15%から20%低く答え、残る三分の一はまったく思い出せなかった。
 現在はカナダのトロント大学ロットマン経営大学院で教えるソーマンは言う。「そのとき、大きな発見がありました。クレジットカードをいつも使う人は、単純にいくら使ったかをよく覚えていないのです」。〉(89頁)

言われてみれば、たしかにそうなのだ。カードで本を買ったり、外食の勘定を払った時、その金額を覚えていないことが多い。恐ろしいのは、

〈なぜ、クレジットカートで購入すると金額を思い出せないのか。正確なところは分からない。〉(同頁)

という一文である。脳の研究が進むと、原因がわかるのかもしれない。

〈1980年以来クレジットカードの平均利用残高は、3倍以上に増えた。カードの利用残高を含めた家計の負債額の増加ペースは、収入に比べて25%速かった。なおその15年前には、両者のペースはぴったりと合っていた。〉(90頁)

▼いまの世の中は、「技術」が人間の「能力」を超えた時、何が起きるのか、物理的にも心理的にも、何層にもわたって壮大な社会実験をしているようなものだ。ソーシャルメディアについては、まだ先述のクレジットカードのような実験は始まったばかりで、先が見えない。(つづく)

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