終戦記念日の新聞を読む2019(7)~産経新聞『経済学者たちの日米開戦』評
▼1冊の本をどう評するかで、評した人の考えがわかる。2019年8月15日付の産経新聞に、牧野邦昭氏の名作『経済学者たちの日米開戦』の著者インタビューが載っていた。(磨井慎吾記者)
▼この本の核心である、〈なぜ非合理的な開戦の決断に至ったのか〉の理由について。適宜改行。
〈牧野准教授は2つの要因を挙げる。1つは、人間はどちらを選んでも損失が予想される場合、失敗すればより巨大な損失を出す恐れがあるものの、非常に低い確率であれ損失を回避できる可能性を含むリスク愛好的な選択肢に傾きがち、という行動経済学の知見だ。
米国の石油禁輸に直面し、戦わずして屈服する「ジリ貧」よりも、短期戦で終わるわずかな可能性に賭けたことになる。
もう1つが、過度な権力分立体制により強力なリーダーシップを取る人物が存在しないという、帝国憲法下における意思決定制度の欠陥だ。
社会心理学の研究によれば、集団で意思決定する場合、集団内の平均的な意見よりも極端な方向に偏るという。だから個々の指導者が合理的で十分な情報を持っていても、非合理的な決定は生じるわけだ。
牧野准教授は「特に経済実務者から反響があり、『現代の企業組織でも、似たようなことは起こり得る』といった意見が寄せられました」と話す。〉
▼この記事のリード文には、〈当時の政府首脳が無知で非合理的だったから、とする一般的な理解を覆してその真相に迫った新研究〉とある。
そして記事本文では、政府首脳の責任について、〈個々の指導者が合理的で十分な情報を持っていても、非合理的な決定は生じるわけだ。〉と書いてある。
▼まさにその、「当時の指導者たちは、英米との圧倒的な国力差や長期戦になればまず勝ち目がないことを知っていた」(牧野氏)にもかかわらず、なぜ開戦したのか、という「集団」の「構造的な問題」が問われているのだが、そのことの掘り下げには、この記事を読むかぎり、「行動経済学」と「社会心理学」が役に立つ、ということがわかる。
▼そして、記事は政府首脳の政策決定に対する〈専門家の関与のあり方も考えさせる〉と結ばれる。
8月15日の終戦記念日に載せる、日米開戦に関する本の著者インタビューで、「専門家」の側の問題をクローズアップして終わり、当の「国策を誤った側」への問いかけが皆無のところが、残念だった。
(2019年8月29日)