マガジンのカバー画像

小説

7
運営しているクリエイター

記事一覧

レイアウト

レイアウト

 しばらく会っていないYの部屋で、酒を飲むことになった。近くのコンビニエンスストアでまず買い出しを済ませる。酒はチューハイやビールを適当に見繕い、おつまみには定番どころのさきイカや、酒に合いそうな濃いめのスナック菓子を選んだ。買い出しの内容には、人それぞれの個性が宿る。僕の買い出しのセンスは、自分でもそれほど高くはないと思っているから、買い出した品をYに見せるのが少しだけ恥ずかしい。かといって時間

もっとみる

夏の波紋

 大学の講義が午前中で終わり夕方のバイトまで時間が空いてしまった。
 見上げると雲ひとつない空の太陽は目が眩むほどの輝きを見せている。
 大衆食堂で山椒がひどく効いた麻婆豆腐を食べた後、本屋に立ち寄って文庫本を一冊購入した。どこか喫茶店にでも行って読もうかとも思ったけれど、そういえば僕の家の近くに大きな公園があるのだということを思い出した。井の頭公園という名前だけは知っている。
 半年ほど前に大学

もっとみる
テーブルの上にグミがあった

テーブルの上にグミがあった

 家に帰るとテーブルの上に小皿が置いてあって、そこには色とりどりの小さな粒が積まれていた。赤色、黄色、緑色。それらはシーリングライトの光を鈍く反射させている。

「めずらしいね、グミなんて」

 僕は小皿から赤色のグミをひとつつまんで、ソファに座って本を読んでいた同居人に言った。グミを近くで見ると熊のような形をしていた。

「ちょっと口が寂しくなったから」と同居人が本から顔をあげて言った。

 手

もっとみる

眠るきみ

「どこにいますか?」
 電話で僕はウズメさんに尋ねる。電話の向こうからは要領を得ない返答があるばかりで、一向に彼女を探す手がかりを掴めずにいた。
 大型ショッピングモールのレストラン街で、平日の昼間だというのに人は多かった。年配の夫婦に、高校生のカップル、昼休み中のサラリーマンの集団。全員が世俗から解放されたような表情をしている。食事というのは忙しない日々のなかで、唯一安らぐことのできる時間なのだ

もっとみる
2020年夏ごろに書いた小話

2020年夏ごろに書いた小話

 アイスティーを二杯入れて、リビングに運ぶとリンカリンネがカーテンをすべて開いて窓に手を触れ、その向こうの景色を見ていた。
 子供たちの声が聞こえる。
 僕の住むマンションのすぐ向かいには公園がある。割と大きめな公園で、ブランコや滑り台、アスレチック遊具などの定番どころがあり、野球のグラウンドがあり、夏になると幼児が遊ぶような大きさのプールも開放される。
 テーブルにアイスティーを置いて、リンカリ

もっとみる
渋滞予想

渋滞予想

 深夜のマクドナルドには薄汚い格好をして口を開けて寝ている中年男性や黙々とノートパソコンでタイピングしているサラリーマン、僕らと同じように終電を逃してしまった大学生などの愉快なメンバーが揃っていた。なんとなくもの悲しいその様子を見ていると何故だか「世界の終わり」という単語が頭に浮かんでくる。

 なけなしの金で買ったマックシェイクバニラ味を飲んでいると、向かいに座る友人が口を開いた。

「こないだ

もっとみる
路地裏のリンカリンネ

路地裏のリンカリンネ

 川沿いには今にもつぶれてしまいそうな木造アパートが連なっており、何だか南こうせつの曲に出てきそうな風景だと思った。先ほどまではいやに暑かったが、いつの間にか随分と涼しくなっていることに気がつく。川の冷えた空気を風が運んでくれているからだろう。
 木造の建物と建物のあいだの路地に何故だか強い興味を惹かれることがある。決して薄暗いところが好きだというわけでもないのに。狭い場所が好きってわけでもない。

もっとみる