インスタント・ブルーのしじまで

 
キッチンは海で、たまねぎを刻んでいるあいだわたしは人魚だったのに、鍋の中をのぞいたとたん人間にもどってしまう。
蛇口を通ってきた魚たちはざわざわと謝罪と感謝をくりかえし伝えあっていて、そう、そういうのがやわらかな波になるのよ、と、母のような眼差しでおもうたび、包丁の色が淡くなるような気がした、
ゆるし、かしら。ひとりでおままごとを繰り返したあの子は泳げなかったし、泳ぎ方を、教えてもらったことがない。
 

キッチンじゃなくたって、どこにでも海はあると頭を撫でながら言ってほしい、その代わりに枯れていく花のにおいや消化されるケーキの甘さをおぼえているような、たしかなひとになんかなってやるもんか、たとえば水中から見るぼやけた陽みたいな、そういう、そういう寛容さ以外に傷ついてたまるもんか、
蛇口をひねる、
水の音は止まる、
気高さに、踊らされてやる、
わたしは、人魚なのだから、人魚なのだから。





生活になるし、だからそのうち詩になります。ありがとうございます。