アーティストになれなかった女の子と「東京中に爆弾を設置した時」の話
初めてアートのグループ展に参加した時、私はもう二度と展覧会になんか参加しないって決めた。都内の会場を一か月借りて制作発表ができるというアートプログラムは、参加するのに十万円かかった。展示発表なんてしたことがなかったし、アトリエなんて持ってなかったから、制作する場所があるというのは、それだけですごい人になれたような気がした。
でも、実際に発表が始まったら、自分の作品は高校生が授業中にノートの端に書く落書きみたいだった。美大を出てつくり続けていた人たちと比べて明らかにレベルが違って、オリンピック競技のコースに一人だけ体操着で紛れ込んじゃったみたいな場違いさで。だけど、彼女にはそこで会った。
色をいっぱい描いた紙を散らかした作品をつくっていて、その作品には触ったり乗ったりしていいことにしていた。私がトイレから戻ってきた時、彼女は細い体でその上に立って、窓のほうを見ていた。ストレートの黒髪ショートヘアの女の子で、前髪がぱっつんと揃っていて、私が近づくと首だけこちらを向けた。
作品に乗ってもいいですよって言っても、ほとんどの人は触るまでで上に乗ることはなかったので、私は少し驚いていた。彼女は真っ黒のワンピースを着ていて、立っている姿が黒い彫刻みたいだった。
「これ、あなたの作品ですか?」
「ああ、はい、すみません」
何も言われてないのになぜか謝る。すごい作品をつくる人たちの中に紛れ込んでしまって、申し訳ない気持ちがずっとあった。
「アーティスト?」
そう聞かれて私は違います、と答える。どちらかと言うと彼女のほうがアーティストっぽい雰囲気がある気がした。
「これ、私も参加しようか迷ってたの。ネットで見つけて。出せばよかったな」
「アーティストさんなんですか?」
彼女は質問には答えず、まっすぐ正面の窓を見据えて両手を飛行機みたいに横に広げた。そのまま身体を左右に揺らし、いきなり両腕を下げて兵隊みたいにまっすぐ立った。
「ねぇ、爆弾設置しに行かない?」
「はい?」
彼女は飛び上がって紙の山を越えると、私の前まで大またで歩いてきた。
「私、アートをやりたかったの、ずっと。でも無理だった。無理なんだなぁって分かった瞬間があった。でも諦めきれない自分がどこかにいて、それが今の私の足を引っ張るの。だから、東京ごと破壊してやりたいの。来て!」
「えっ? えっ?」
彼女は私の手を引き、地下の会場から地上へと向かう。言ってることは過激だけど、彼女が爆弾をつくれるとは思わない。何が起こるのかよく分からないまま、私は彼女と一緒に外に出た。
彼女は外に出ると、道の端や植え込みの中に落ちている小石を拾い始める。
「手伝って。あなたも探して」
「はい、えっ? なにをですか?」
「これ。たくさん集めて。爆弾をつくるから」
右手の指で小石をつまんで私に見せる。どう見てもただの小石で、これから爆弾をつくれるとは思えない。私はよく分からないまま小石を拾い集め、片手にいっぱいになったところで彼女に見せる。
「いいね。これから私たちは、都内の各所に爆弾を設置しに行きます」
「えっ、もう?」
彼女は額に右手を添えて敬礼して見せると、左手にたまった小石を近所の壁の上や道路の真ん中に置いていく。私には意味が分からずに、彼女が注意深く小石を設置しているのを見ていた。
「あなたも設置して」
「設置?」
「そう、これは抵抗する私自身への最後通告なの」
「最後…」
余計に訳が分からないまま、私はてきとうに集めた小石を置いてまわる。ほとんど拾った場所に戻すような感じだと思っていたら、彼女に注意を受ける。
「一つ一つの行為をもっと意識しないとダメよ。これはとても神聖な儀式なんだから」
変な人に捕まってしまったと思いながら、それでも気を遣いつつ全部の小石を周りに置くと、彼女は私に向かって握手を求めてきた。私が右手を出すと、彼女は両手で私の手を握る。
「ありがとう」
彼女は私の手を握ったまま黙る。うつむいた彼女から涙がこぼれ落ちて、握られた手の上に落ちた。私はその時ようやく、これは彼女のアート作品で、たぶん彼女にとって最後の作品なんだろうと理解した。
「どうしてやめちゃうんですか?」
彼女がつくることを愛しているのはとても伝わったのに、やめるという選択ができることが不思議でならなかった。彼女は私の手を強く握り、顔を上げる。その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
それでも彼女は最初に会った時と変わらない口調で言った。
「カッコつけたくなっちゃったから。カッコつけたい自分はカッコ悪い。だから終わり」
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