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「自分にとって重要なアドバイスは向こうからはやってこないんだ」の話

 老人が空になったグラスと皿を持ってキッチンに戻っている間、私は一人で大きなため息をついた。沈黙の中にいると、どうしても余計な考えごとが頭をよぎってしまう。私は気持ちを切り替えようと室内のアート作品に目をやる。老人はデンマークのアートコレクターで、室内には小さなアート作品が壁いっぱいに飾られていた。
 ドアの開く音がして、老人がクッキーを乗せた木のトレーとレモンの入った炭酸水のピッチャーを持って入ってきた。私が立ち上がってそれらを受け取ると、老人はグラスを取りにキッチンに戻っていく。私はテーブルの上にトレーとピッチャーを乗せて、ソファに座って老人を待つ。
「クッキーにはティーだと友達が言っていたのを思い出したよ」
 戻ってきた老人はそう言いながら軽く頭を振り、空のグラスを一つ、私に手渡した。
「紅茶もいいですよね。私は炭酸水も好きですけど」
「私も紅茶は好きだ。炭酸水も好きだけど」
 老人はそう言ってグラスに炭酸水を注ぐ。
「彼は紅茶がとても好きだ。とてもね。だから彼が来る時には、私はいつも紅茶を出す。炭酸水が飲みたい時でも」
 老人が炭酸水を飲み込む音がする。それから彼はクッキーを一枚手に取った。
「ああ、なんか今ふと思ったんですが、いろんな人からいろんなアドバイスがやってきて、何に従ったらいいか途方にくれることがあります」
 自分で考えたほうがいい、できる人の意見にはとりあえず従ったほうがいい。まったく真逆のそれっぽい意見が世間にはあふれていて、自分は何に従うべきなのかと悩んでしまうことがある。
「言われること全部に素直に従っていたら、人生に迷子になったまま、のたれ死にそうな気がします」
「私は一つの基準を決めている。悩む時間がもったいないからね」
「へえ、どんな基準ですか?」

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