「集中力が足りない人の時間の上手な使い方」の話
「そういえば、もう一つ、聞いてみたいことがありました」
「なにかな」
「私は集中力がすごく足りない人で、何か一つのことをずっとやっているっていうのがけっこうできないんです。いろんなことが気になってしまって、全部が中途半端になってしまう感じで」
ADHD(注意欠如・多動症)という症状がある。診断を受けたことはないが、セルフチェックしてみると、だいたいの特徴が自分には当てはまる。料理をしていても、大根に半分ほど包丁が刺さった状態で、急に郵便を送らないといけなかったことを思い出すと、大根を包丁が刺さったまま放置して郵便の準備をし始めてしまうのだ。
いつもそんな状態で、脳みそが忙しくて、物事をちゃんと終わらせるのがとても難しい。やらなきゃいけないことをどんどん思い出してしまうので、それを覚えていられないから次々と中途半端なままいろんなことに手を出してしまう。一番問題なのは、時間がかかる長期の仕事を高いクオリティーでやり遂げるのが困難なことだ。終わりきらなくて投げ出してしまうこともたくさんある。
「やらなきゃやらなきゃって気持ちがワタワタして、全部が中途半端なまま一日が終わって、振り返ると何もできてないやって思うことがたくさんあるんです。やりたいことがいっぱいあって、どれもちゃんと終わり切らない。夜になってできてない自分にがっかりして、結局なにもしないまま眠りに逃げちゃうんです。
なんかもうちょっと、時間を上手に使えたらいいのに」
自分で話しながら悲しくなってきた。私の様子を見て、老人はうなずくとココアを淹れてくると言って席を立つ。
私は彼のコレクションしたアート作品がたくさん飾られた部屋で、老人の戻りを待っていた。部屋には時間の合っていない時計があり、時刻を刻む音がアートのあふれた部屋に響いている。
「温かいものは、気持ちを落ち着かせてくれるものだ」
老人はマグカップに入ったホットココアを私に渡し、自分でも一つを飲む。
「わあ、おいしい」
温かいココアが身体に入ると、少し心が安心するような気がする。
「集中力がないのは、悪いことではないよ。その分、いろんなことに興味をもてるってことだからね」
「はい」
「その上で、やり始めた物事を終わらせたいなら、一つのことの終わりを簡単なことにするんだ」
「終わりを簡単にする?」
「そう。たとえば、料理をつくっていたとしたら、野菜を切ることで一つの仕事が終わりって考えるようにするんだ。野菜を切ることが終わりだと思えなければ、お湯を沸かすことで終わりだと考えてもいい。
料理をつくって食べて片付けるまでが仕事だと考えると、とても大変な気がしてしまうだろう? そうじゃなくて、野菜を切るだけで一つの仕事が終わったって考えるんだ」
「ああ、そうですね。それくらいだったら終わらせられるかも」
やり始めたことが終わらずに散らかってしまうから、いつも気持ちが焦ってしまう。ニンジンを切り終わるまで、机を拭くまでみたいに、小さな仕事で一つの仕事が終わりだって思えたら、そこまでなら頑張れるかもしれない。
「仕事を全部、たくさんの仕事に分けて、集中力がなくても小さな仕事が終わるようにしてやるんだ。仕事って小さなことでも、ちゃんと終わらせられると気分がいいものだろう?」
「はい。終わった瞬間ってとても気持ちがいいです」
「あとほかにできることは、メモを使って脳を楽にしてあげることだよ」
「脳を楽に?」
老人はテーブルに残っていたチョコレートを口にして話し始める。
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