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デンマークのアートコレクターが言う「人生を豊かにしたいなら稼ぐのはお金じゃないよ」の話

 デンマークの首都コペンハーゲンのアートプログラムに参加していた時、レジデンス先の工房を借りているクリエイターからコレクターを紹介してもらったことがある。どのくらい熱心なのかは分からないけど、日本人アーティストの作品を持ってたから、作品を診てもらったらいいんじゃないかと勧めてくれたのだ。
 教えてもらったメールに連絡すると、ずいぶん時間が経ってから返信がきた。私の滞在は三週間しかないので、もう会えないだろうと思ってた矢先に連絡がついて、私は彼の家にお邪魔することになった。
 老年のコレクターの家はコペンハーゲン中心部の川の近くにあり、グーグルマップを頼りに場所を探している途中で、私は大きな鳥が羽ばたくのを見た。コペンハーゲンは水の多い町で、巨大な鳥があちこちで羽を広げている。大都市なのに大きな鳥が飛んでいるとなぜか自然が多い気がしてしまうのは、東京で大きな鳥を見かけることが少ないからだろうか。
 見つけたアパートの部屋番号を何度も確認して、恐る恐るインターホンを押すと、私の名前呼ぶ声がして扉の鍵が開いた。私は声の案内通りにエレベーターで三階まで上がると、少し先の扉が開き、シワの多い卵型の顔をした男性が出てきた。
「ウェルカム、よく来たね、どうぞ」

 デンマーク中心部は地価がとても高いと聞いている。部屋自体はそれほど大きくはなかったが、日本で言うと六本木に家があるような感じだろうか。玄関にも廊下にも小さなアート作品がいっぱい飾られていた。
 私が作品を見ながら立ち止まっていると、彼はコーヒーを淹れてるから奥の部屋で待っていなさいと言ってキッチンに消えた。奥の部屋には小さなソファと木の机、ガラスのローテーブルが置かれている。壁にはやっぱりアート作品だらけだ。
 私が立ったまま室内の作品を見ていると、トレーに乗せてコーヒーを持ってきてくれた。彼はコーヒーを二つともテーブルに置き、ソファに座って一つを手に取りながら、私にもう一つを勧める。

「すごいですね、こんなにたくさん」
「小さい作品を集めるのが好きなんだ。一度にいろんな作品をいっぱい見られるだろう。僕は賑やかなのが好きでね」
 私は相槌を打ちながらソファに座り、ポートフォリオ代わりに持ってきた自分の線画が描かれたポストカードを渡す。
「もしよければ、コレクションに加えていただけると」
「おお! これはうれしいね」
 彼はコーヒーをテーブルに置きながら大げさに手を広げて喜んで見せる。
「小さい作品だ。僕の好きなやつだね」
 彼の笑い方は余裕があってとても上品に見える。私がそう言うと、彼はまた上品に笑いながら「年を取って動きが鈍くなってるんだ」と言った。

「こんなにたくさんの作品に囲まれるなんてすごいですね。豊かな生き方だなぁ」
「定期的に取り換えて飾り直しているんだ。せっかくの素晴らしい作品をしまい込んでいるのはもったいないだろう」
 私は大好きで買い集めたのにしまったまま使うことも見ることもしていない陶器たちを思い出す。いつか広いおうちに住めたらキレイに飾って毎日使うんだって思っていながら、叶わない「いつか」だけをずっと待ち続けている。

「本当にそうですね。私、いつかって思いながらずっとやらないでいることがいっぱいあります」
「はは、多くの人はそうなんだ。お金を稼いでからなんとかしようと思ってしまう。それは違うんだね」
「違う?」
「そうだよ。人生を豊かにしたいなら、意識しないといけないのはお金を稼ぐことじゃない」
「何を意識したほうがいいんですか」

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