見出し画像

「複雑に考えすぎなんじゃないかな、人生はもっとシンプルだよ」の話

「看護師だった友人がいるんだ。彼女は仕事に悩み、絵本を描き始めた。くまのお医者さんが森の動物たちを治療する物語だ」
 老人はパイナップルをつまみながら話し始めた。私は老人が出してくれた炭酸水を飲みながら、老人の話に耳を傾ける。
「看護師から絵本作家なんて、劇的な転職ですね」
「彼女は小さい頃から物語を読むのが好きだったし、絵を描くのも好きだったんだ。だけど、物語は独創的なわけではなかったし、目を引くほどうまい絵ってわけでもなかった。
 それでも人生で一度は描いてみたい物語があるって言って、仕事をやめて描き始めた。初めて描いた作品がね、絵本コンテストで賞を獲ったんだ」
「へええ! すごい!」
 世の中にコンテストはたくさんあるけれど、賞を獲るのは本当に大変なんだ。海外のコンペに出すとしたら、世界中の優秀なクリエイターやアーティストたちと戦わないといけない。コンテストの規模がどの程度かは分からないけれど、それでも初めて創った作品が賞を獲ったというのは、とても素晴らしいことだと私は思った。
「彼女がいたのは小さな町だったからね、地元の新聞に載ったり、近くのカフェで原画展をやったりすることができた。挿絵の依頼がくるようになって、多少なりとも、絵でお金を稼ぐことができるようになり始めた」
「それは本当にすごいです!」
 クリエイティブで稼ぎたい人は星の数ほどいる。その中でボランティアじゃなくちゃんと稼げるのは本当に一握りだ。
「その時の彼女はとても幸せそうだったよ。本当にやりたいことが見つかった、私はこれをやりたいって毎日言っていたよ」
 老人は目を細めて、過去に視線を送る。
「だけどね、彼女の幸せは長く続かなかったんだ」

ここから先は

1,904字

ここまで読んでくださってありがとうございます! スキしたりフォローしたり、シェアしてくれることが、とてもとても励みになっています!