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「なにかを好きって素敵なことだけど、振り回せば暴力にもなるわ」の話

「知ることは好きの始まりだけど、好きすぎることは私はあまり好きじゃないのよね」
 フランス人の美術教師は、レモンティーを飲みながら言った。私は北フランスにある彼女の家に遊びに来て、手作りのパウンドケーキをご馳走になっている。彼女にはクロエという名前の、血の繋がらない娘がいた。
「好きぎることは好きじゃない? どうしてですか」
 彼女の家には、色鉛筆で描かれた花や風景の絵が飾られていた。
「なにかをすごく好きな時って、他のものを認められなくなっちゃうことってない? 少なくとも、私はそうだったわ」
「なんかそういうことがあったんですか?」

 彼女は唇を結んだまま笑顔をつくると、クロエの部屋に目を向けた。クロエは好きな人に冷やかされたことがきっかけで、もう一年近く部屋に閉じこもっている。
「すごく好きだからこそ、自分に対するダメージが大きいってこともあるでしょう。好きなものを守りたくて自分の世界を狭めてしまうとか」
「ああ、そういうのありますね。韓国でカワイイものが好きなおじさんが、誰にも言わずに大事にしてるって言ってたことがありました」
「そうよね。誰かに言って傷つきたくないし。好きだからこそ、極端な反応をしてしまうってあると思うの。そんなに守ろうとしなくても、失われることなんて何もないのにね」
 彼女は、お菓子を持ってくると言ってキッチンに向かった。戻ってきた時は大きな缶を持っていて、缶の中にはいろんな種類のクッキーが入っていた。
「食べましょう、どうぞ」
 彼女はそう言って先に一つ取る。私はチョコレートでコーティングされたクッキーを手に取って、ひと口かじった。

「なにかを好きになりすぎて、それしか見えなくなってしまった時、他の人にも大事なことがあることを忘れてしまったり、他にも素敵なことがいっぱいあることに気づかなかったり。
 好きっていう感情はとても幸せよね。でも、その好きっていう気持ちが阻害された時に、簡単にキライっていう感情が生まれてしまわないかしら」
 私はうなずきながら、クッキーの残りを口に入れ、指についた粉をティッシュでふき取る。
「そうかもしれないですね。好きに上下はないはずなのに、宇宙が好きな人のほうが、マンガが好きな人よりすごいみたいな気がしちゃうとか」
「自分が好きなもののほうがいいって言いたくなる気持ちも分かるけどね。そうやって自分の好きを守ろうとしたことがいっぱいあったわ」
 彼女は缶の中のクッキーを見ながら、沈黙する。視線が細やかに動いていて、過去を思い出してるのかもしれないと私は思った。

「クロエくらいの年の時。うーん、もうちょっと上だったかな。すごく好きなミュージシャンがいて、ライブもよく見に行ったわ。そのミュージシャンが大好きだったから、ネガティブな意見が許せなくて。他のバンドは全部ダメ。良さが分からないなんて、分かってないってね」
 彼女は軽く肩をすくめて見せる。
「好きなものを守るために、評論家みたいになっちゃった。自分はなんの力もないのに」
「なんとか守りたいっていう気持ちが強かったんですね」
「そうねぇ。好きすぎて、視野が狭くなってたのよね。自分の好きが、この世界の正義みたいになってたわ」
「今も好きなんですか?」
「ううん。一時、熱狂したけど、今は全然聞かなくなっちゃった。あんなに好きだったのが嘘みたい。自分でもびっくりするわ」
 好きという気持ちは、中毒に近いのかもしれない。それは心地よいけど、身体への負担も大きい。

「好きにはバランスが大事なんじゃないかって思うわ。それが愛なのかもしれないけど。好きに執着せずに、いつでも手放せるような。
 好きは素敵だけど、好きすぎることを振り回せば、それは暴力的に変わることもあるから、たぶんね」

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