「やさしさ」禁止!SmartHRのプログレッシブデザイン宣言
こんにちは、SmartHR VP of ProductDesign のおうじです。
普段はプロダクトデザイナーとして複数のプロダクトを開発したり、マネジメント役として組織のメンバーが快適に過ごせる環境づくりのお手伝いをしたり、経営メンバーとして会社の大きな意思決定に関わったりしています。
noteではいつもみなさんに笑ってほしくて奇を衒ってしまうきらいがあり、社内ではヘヴィメタル一発屋・サタニズム芸人などと揶揄されていますが、今日は珍しくほんのちょっとだけ真面目なお話をさせてください。
後半ではグループメンバーへのインタビューがありますので、是非最後まで読んで頂けると嬉しいです。
SmartHR、第3のデザイン組織をデザインする
SmartHRではこれまでコミュニケーションデザイングループとプロダクトデザイングループというふたつのデザイン組織が存在していましたが、今年から第3のデザイン組織として新たにプログレッシブデザイングループを設立しました。
聞き慣れない組織名ではありますが、簡単に言うと、アクセシビリティ向上や多言語化対応を通してSmartHR製品を誰でも使える状態にすることを目的とした組織です。
SmartHRはサービス開始当初の想定を大幅に超えるほど多様な従業員を抱える企業にご利用頂くサービスとなりました。
多様な従業員の方々が使われるということは、ユースケースの多様性はもちろん、従業員ひとりひとりの業務環境的差異・文化背景的差異・身体特徴的差異・主義心情的差異・その他諸々の差異をすべて受け入れるサービスでなければいけません。
しかし、現状、SmartHRはまだまだそれらすべてを包摂できるサービスを十分には提供できてはいません。唇の噛み跡。掌の爪痕。慙愧の念に堪えない。
そこで私達はこの課題を一歩ずつでも解決していくべく、社内外からスペシャリストを集めて新たな組織を立ち上げるに至りました。
それが、プログレッシブデザイングループです。
プログレッシブデザイングループとは
プログレッシブデザイングループはSmartHRユーザーの多様性を受け入れる製品を開発していくために設立された組織で、社内では略して「プログレ」と呼ばれています。
前段でも書いたとおり、主に(まずは)製品のアクセシビリティ向上と多言語化対応を実行していくことを目的としています。
製品品質への貢献という点ではすでに存在しているプロダクトデザイングループと重なる部分もかなり多いですが、「責任」と「活動」に大きく違いがあるために別組織として設立しました。
プログレッシブデザイングループの「責任」
プログレッシブデザイングループはSmartHR開発組織において、おおまかに以下2点に責任を負います。
エッジユーザーの「使える」に責任を負う
SmartHRを利用するユーザーは、当然ながらすべての人が全く同じ環境・条件でプロダクトを利用しているわけではありません
中には「エッジユーザー」と呼ばれる文化的にも肉体的にも異なる特徴を持ったユーザーがいらっしゃいます
外国語話者、障害当事者、性的少数者 etc
そうしたユーザーをたった一人でも取りこぼすと、当事者を雇用している企業はSmartHR導入を見送らざるを得ません
わたしたちはアクセシビリティや多言語化対応といった手段を用いてすべてのユーザーが「使える」状態をつくります
一歩先の製品価値に責任を負う
いまSmartHRがユーザーに提供できている「便利である」という価値には先があるとわたしたちは考えています
それは「当たり前である」こと
交通や水道といった誰もが享受できる社会インフラと同じように、SmartHRも国民にとって当たり前にしたい
SmartHRを「当たり前」にするため、わたしたちは一歩だけ先に進んでなにが必要かを思考していきます
既存のプロダクトデザイングループとの「活動」の違い
プロダクトデザイングループはヴァーティカルな「使いやすさ」を作る活動を行う
プロダクトを利用しているユーザーの使いやすさを徹底的に考える
「もっと使いやすく」「もっとわかりやすく」と、価値を縦に積み上げていく
開発チームに入りインターフェースの開発を行う
開発における意思決定に貢献し、円滑な開発活動のサポートを行う
プログレッシブデザイングループはホリゾンタルな「使える」を作る活動を行う
プロダクトが誰にでも使えることを徹底的に考える
「もっと広く」「もっと多く」と、価値を届ける層を横に広げていく
特定の開発チームには入らず、全プロダクトのエッジユーザー向け品質改善を行う
SmartHRの全社員がエッジユーザーを配慮できる状態をサポートする
グループメンバーに聞く、設立の背景とこれから
ここからは、より具体的に組織設立の背景や意図を知ってもらうために、現グループメンバーの3名にインタビュー形式でお話しを聞いていこうと思います。
メンバーの紹介
辻勝利(アクセシビリティエンジニア)
先天性の全盲で仕事や日常生活のあらゆる場面でスクリーン・リーダーを介してコンピューターを利用しているエンジニア。 約20年間のウェブアクセシビリティ向上の経験を生かして、2021年9月からSmartHRでウェブアプリケーションを初めとした業務システムのアクセシビリティを高めている。 全ての人がストレスなく業務システムを活用できるようにするため、自社サービスのアクセシビリティ向上に注力する傍ら、社内外でアクセシビリティを高めるためのコンサルティングや啓発活動を行う。 無料でオープンソースのスクリーン・リーダー「NVDA」日本語チーム副代表、日本視覚障害者ICTネットワーク設立準備メンバー、筑波技術大学非常勤講師。
Han(マルチリンガルマネージャー)
韓国出身。2010年より日本企業にて営業、ローカライジング、カスタマーサポートなどを経験し、2017年SmartHRへチャットサポートとして入社。SmartHR製品の多言語化対応プロジェクト発足を機に部署異動及びプロジェクトオーナーに抜擢。現在はマルチリンガルマネージャーとして多言語化対応にまつわる多くの業務を執行。
masuP9(チーフ/アクセシビリティエンジニア)
製造業向け設計ソフトウェアのセールスからウェブ業界に転身し、デジパ株式会社、サイバーエージェントにてウェブフロントエンド開発、アクセシビリティ推進を経験した後、2021年3月SmartHRにプロダクトデザイナーとして入社。現在はアクセシビリティ・多言語化の啓蒙・推進、従業員サーベイサービスのUIデザインを担当している。
インタビュー開始
おうじ「今日はよろしくお願いします!はじめにみなさんの簡単な自己紹介をお願いします。」
辻「アクセシビリティエンジニアの辻です。SmartHRでは視覚障害当事者観点での製品品質チェックや、社内外へのアクセシビリティ関連技術の啓蒙活動をやっています。銀座に山を買うのが夢です。」
masuP9「チーフのmasuP9です。もともとSmartHRにはアクセシビリティのアドバイザーとして業務委託でお手伝いをしていたのですが、製品のアクセシビリティ改善を推進していくうちにBtoBtoE(企業に所属する従業員向け)プロダクトの方がよりアクセシビリティの威力を発揮できるのではと考え、2021年に入社を決めました。渋谷に山を買うのが夢です。」
Han「マルチリンガル(多言語化)マネージャーのHanです。私は韓国人で、SmartHRにはもともとチャットサポート職で入社しました。SmartHRの事業が拡大するにつれて、外国人労働者向けの言語対応が必要になり、自分も外国人であることから社内の多言語化対応プロジェクトのオーナーになり、合わせて部署異動して今に至ります。ソウルに山を買うのが夢です。」
おうじ(全員、都市部で山を買おうとしてやがる…!)
「やさしさ」じゃねえんだよなあ
おうじ「では、まずは『プログレッシブデザイングループ』(以下、プログレ)という特徴的なグループ名にした背景を聞いてみたいです。こういったアクセシビリティや多言語化をミッションとした組織ってインクルーシブデザインなどと呼ばれることが多いかなと思うのですが、なぜインクルーシブという単語を避け、馴染みのないプログレッシブという単語を使ったのでしょうか?」
masuP9「これは当事者である辻さんの言葉による影響が強いですね」
辻「言葉って人に使われるごとにどんどん変容していくものだと僕は考えているんですよね。アクセシビリティやインクルーシブデザインって、本来その言葉には対象者の気持ちとか提供者の意図は含まれていないはずなのに、いつのまにか『やらなきゃいけない』という強迫観念や『やってあげよう』という上から目線の気遣い・やさしさが含まれてきているのを感じます。そうじゃねえだろ、と。」
masuP9「辻さんはこの分野に限っては『やさしさ』に否定的ですもんね。」
辻「そう。障害者だろうがなんだろうが、みんな等しく人間だから。サービスを使えるとか、企業で働けるとか、当たり前の人権なんですよ。当たり前の社会をつくるための仕組みや技術なのにそこに『やさしさ』はいらないはずなんですよね。」
おうじ「当事者がモヤモヤしてきた言葉に対するカウンター、そしてこの先の社会の当たり前を見据えた名前なんですね。すごく意義があると思います。」
Han「私はイカれたデザイン組織がやりたかったので、本当は『エクストリームデザイングループ』にしたかったですね。」
おうじ「……プログレッシブデザインで良かったですね。」
我々はまだみんなを包み込むほど大きな製品を作れていない
masuP9「加えて、私達はまだまだ『インクルーシブ=包摂した』サービスをきちんと提供できていない、という危機感もあるんです。すべての人達を包み込めるほど大きくねえだろっていう。」
おうじ「たしかに、SmartHRが本格的に多言語化対応やアクセシビリティ対応をやりはじめたのもここ1〜2年ですし、まだまだ発展途上ですね。」
masuP9「そうなんです。グループ立ち上げ準備で我々の方針を書いた社内ドキュメントがあるんですが、そこの序文ではまさにそれが言いたくて書きました。」
「心細さ」に寄り添いたい
おうじ「障害当事者観点での方針があることに加えて、プログレでは外国語話者への配慮も重視していますよね。韓国籍で日本勤務のHanさんにはどういった思いがあるのでしょうか?」
Han「私は日本で働くようになってからもう10年以上経ち、日本語にも堪能なので正直そこまで当事者としての課題意識はないんです。ただ、外国人留学生や労働者の知人は周囲に多くいるので、彼らの体験を良くしたいなという思いは強くあります。」
おうじ「お知り合いは日本に来てどんな経験をしてきたんでしょう?」
Han「例えば留学生とかだと、学費を稼ぐために日本でアルバイトをすることも多いんですね。働いていると当然色んな労務手続きや税制対応をしなくてはいけないんですが、日本に来たばかりだと書類の内容なんて読めないんです。本当は周囲の人に助けてもらいたいんだけど、異国でまだまだ十分に関係構築できていない中で、自分のプライベートな情報を相談するのは相当心細いんです。」
辻「わかります。視覚障害の当事者も一緒で、目が見えないのに殆どの行政書類が紙という媒体になっていて自分では確認できないんです。だから同僚に読んで貰わないといけないんだけど、例えば年末調整書類であれば自分の経済状況を開示しないといけないし、健康診断の結果なんて自分の健康状況やリスクを開示しないといけない。本当に怖いですよ。」
Han「幸いなことに私達はウェブでサービスを提供できています。ウェブであれば目が見えなくても使えるし、言葉が読めなくても翻訳できる。そこがSmartHRがプログレをやるべき意味かなと思いますね。」
グループのこれから
おうじ「最後に、グループの今後の展望を聞きたいです。」
masuP9「そもそもの話なのですが、グループ名になっている『プログレッシブ』って『前進する』という意味なんですね。最初にも言いましたが、私達はまだまだインクルーシブな製品を提供できていない。だけど、一歩ずつでも進んではいけると思うんです。その一歩一歩が積み重なって、地球の端から端まで届けばいいなと思います。」
Han「私はいま社内の多言語化対応担当者としてほぼ一人でやっているんですが、まずはスケールさせるためにメンバー採用をしていきたいです。マルチリンガルマネージャーという社内ではこれまでになかった役割を作ったんですが、今後のSmartHRではとても重要なポジションになると思っています。」
辻「プログレの特徴というかカルチャーとして、実利主義というか、いかにユーザーをサクセスさせるのかを追い求めるというところがあると思うんですよね。開発者としてはどうしても自分の成長や成果を追い求めてしまいがちですが、ユーザーのサクセスや社内外の意識改革を追いかけ続ける組織にしていきたいですね。あと、銀座に山を買いたいですね。」
masuP9「私も」
Han「私も」
おうじ「……買えると良いですね。」
おわりに
ここまで読んでくださりありがとうございます。
グループ設立の背景やメンバーの意図が伝わり、私達のサービスの方向性に少しでも関心を持ってもらえると嬉しいです。
最後に、SmartHR前社長の宮田さんに倣って、この記事のテーマたる楽曲紹介で終わろうと思います。
「プログレ」にちなんで、私が国内メタルバンドのなかでもっともプログレッシブだと思う五人一首の『斜眼の塔』を紹介します。
この曲は抗いがたい大きな世界のうねりや力に翻弄される人と、それをもたらした神(のやふな何者か)の視点が交互に入り乱れる歌詞で、まさにこれから大きな「恣意的配慮」に抗わんとするプログレッシブデザイングループにふさわしい曲ではないかと私は思ふのです。