【エッセイ】プレゼント選びが得意かもしれない話。
我が家には、誕生日にプレゼントを贈りあうという慣習がない。
親が自営業という特殊な家庭事情だったためか、あるいは僕たち四人の兄妹のほうが特殊なのかはわからないが、こちらが意図していない何かを貰って、それを思い出の品として大事に使う、といった場面を思い出せない。
と書くと、これを読んだ両親が「いやいや、あのときあれあげたじゃん」とか言ってくるかもしれないけれども、思い出せない。
かといってお祝いをしない、というわけでは決してなく、誕生日には美味しいものを食べたり、お休みをとってみんなでどこかにおでかけしていた記憶があって、僕はそれをけっこう楽しんでいた。
よくアニメや映画なんかで、誕生日にプレゼントを渡すというシーンがあるけれど、きっと弟や妹は「へえ、ここのおたく変わってるね」と思っていたに違いない。
◇
僕が人にプレゼントを贈ることを意識するようになったのは、MUちゃんとつきあい始めたことが背景にある。
彼女は誕生日というものをすごく大切にする。
MUちゃんと過ごす時間のなかで、僕はようやく人間らしく「誰かに物を贈る」ということを真剣に考えはじめた。
そうして改めて周りを見渡してみると、誕生日関係なく「この人にはこれがいいかもしれない」という【プレゼントのセンス】とでも呼ぶべきものが僕のなかに芽生えた。
たとえば次男が結婚したとき、東京の台東区谷中にある砂時計専門店まで足を運び、彼が好みそうなものをセレクトした。
この砂時計は思っていた以上に喜ばれた。
習慣を重んじる次男は、これを毎日のように愛用してくれているらしい。
三男には、彼のお気に入り漫画『BLUE GIANT』の主人公が履いているものと同じ、白のコンバースのスニーカーをプレゼントした。
ゲームや漫画が大好きで普段は家から出ず、身だしなみには頓着しない三男も、この贈り物には反応せざるを得なかった様子だった。
僕は自分の中にある【プレゼントのセンス】に脱帽した。
◇
今年の9月には、母と妹の誕生日があった。
この一年は実家にかなりお世話になるので、なにかプレゼントしておくことで、なんとか僕の地位を確立させておきたかった。
しかしそこはやはり【プレゼントのセンス】あふれる僕のこと。
予算が限られ、下心のある贈りものといえども、まったく手は抜かなかった。
このまえ成人をむかえた妹は、少々、部屋が散らかり気味だった。
少々?
かなり?
尋常ならざる?
尋常ならざる散らかりだった。
なので、そんな尋常ならざる妹には『コスメボックス』という品を用意した。
しっかりとした型で、かなり容量があり、開けると大きな鏡までついている。
これも、たいへん喜ばれた。
妹的には見た目もポイントだったようで、羽振りがよくモノには不自由していない妹をして「一番うれしいプレゼントかも」と言わしむるほどだった。
【プレゼントのセンス】、爆発。
◇
妹の『コスメボックス』を選び終えた僕は、母のプレゼントのインスピレーションを得るため、ドンキをうろうろしていた。
【プレゼントのセンス】あふれる僕は、そのうろうろそのものも大切な【プレゼントのプロセス】であることも直感していた。
うろうろし、手にとって、あれじゃないこれじゃないする【プレゼントのプロセス】を経ることによって【プレゼントのセンス】が磨かれ、【プレゼントのプロセス】そのものにも【プレゼントのセンス】が適用されることによって……
そのうち……
なんか、まあ、いいかんじになるのだ。
すると、目にとまる物。
『これだ!』
僕の【プレゼントのプロセス】……じゃない、【プレゼントのセンス】が叫ぶ。
母はよく、家で暇つぶしにスマホでパズルゲームをしている。
「なんかいいアプリない?」
そう訊いてくる母の声を思い出す。
彼女へのプレゼントは『ルービックキューブ』に決まった。
◇
そのプレゼントを渡した時、母の目は輝いているように見えた。
僕は心のなかでガッツポーズをし、心のなかで【プレゼントのセンス】とハイタッチを交わした。
『ルービックキューブ』には台座もついており、そこに載せることで、インテリアとしてもなんだか知的で格好がよくみえる。
そんな知的アイテムはリビングの母の席から届くように、テレビの脇に置かれた。
ふとした日常の一コマに、母がそれで遊ぶ姿を見るのが楽しみだった。
しかし数日経ってもその光景はない。
というか『ルービックキューブ』そのものがない。
テレビの脇には三角形の台座が、主を失って空虚に居座っている。
「まさか……」
僕はリビングから母の『ルービックキューブ』を持ち出した犯人に心当たりがあった。
というか今思えば僕はこういう事態が起こることを、心のどこかで予期しておくべきだったのかもしれない。
その犯人が起き出してくるのを待って、声をかける。
「完成しそうか。『例のアレ』は」
「もうちょい、かかりそうやね」
ゲーム好きな三男は、それだけ言い残して部屋へ消えていった。
プレゼント選び、まだまだ奥が深いのかもしれない。