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【エッセイ】プレゼント選びが得意かもしれない話。


我が家には、誕生日にプレゼントを贈りあうという慣習がない。

親が自営業という特殊な家庭事情だったためか、あるいは僕たち四人の兄妹のほうが特殊なのかはわからないが、こちらが意図していない何かを貰って、それを思い出の品として大事に使う、といった場面を思い出せない。

と書くと、これを読んだ両親が「いやいや、あのときあれあげたじゃん」とか言ってくるかもしれないけれども、思い出せない。

かといってお祝いをしない、というわけでは決してなく、誕生日には美味しいものを食べたり、お休みをとってみんなでどこかにおでかけしていた記憶があって、僕はそれをけっこう楽しんでいた。

よくアニメや映画なんかで、誕生日にプレゼントを渡すというシーンがあるけれど、きっと弟や妹は「へえ、ここのおたく変わってるね」と思っていたに違いない。



僕が人にプレゼントを贈ることを意識するようになったのは、MUちゃんとつきあい始めたことが背景にある。

彼女は誕生日というものをすごく大切にする。

MUちゃんと過ごす時間のなかで、僕はようやく人間らしく「誰かに物を贈る」ということを真剣に考えはじめた。

そうして改めて周りを見渡してみると、誕生日関係なく「この人にはこれがいいかもしれない」という【プレゼントのセンス】とでも呼ぶべきものが僕のなかに芽生えた。

たとえば次男が結婚したとき、東京の台東区谷中にある砂時計専門店まで足を運び、彼が好みそうなものをセレクトした。

この砂時計は思っていた以上に喜ばれた。

習慣を重んじる次男は、これを毎日のように愛用してくれているらしい。

三男には、彼のお気に入り漫画『BLUE GIANT』の主人公が履いているものと同じ、白のコンバースのスニーカーをプレゼントした。

ゲームや漫画が大好きで普段は家から出ず、身だしなみには頓着しない三男も、この贈り物には反応せざるを得なかった様子だった。

僕は自分の中にある【プレゼントのセンス】に脱帽した。



今年の9月には、母と妹の誕生日があった。

この一年は実家にかなりお世話になるので、なにかプレゼントしておくことで、なんとか僕の地位を確立させておきたかった。

しかしそこはやはり【プレゼントのセンス】あふれる僕のこと。

予算が限られ、下心のある贈りものといえども、まったく手は抜かなかった。

このまえ成人をむかえた妹は、少々、部屋が散らかり気味だった。

少々?
かなり?
尋常ならざる?

尋常ならざる散らかりだった。

なので、そんな尋常ならざる妹には『コスメボックス』という品を用意した。

しっかりとした型で、かなり容量があり、開けると大きな鏡までついている。

これも、たいへん喜ばれた。

妹的には見た目もポイントだったようで、羽振りがよくモノには不自由していない妹をして「一番うれしいプレゼントかも」と言わしむるほどだった。

【プレゼントのセンス】、爆発。



妹の『コスメボックス』を選び終えた僕は、母のプレゼントのインスピレーションを得るため、ドンキをうろうろしていた。

【プレゼントのセンス】あふれる僕は、そのうろうろそのものも大切な【プレゼントのプロセス】であることも直感していた。

うろうろし、手にとって、あれじゃないこれじゃないする【プレゼントのプロセス】を経ることによって【プレゼントのセンス】が磨かれ、【プレゼントのプロセス】そのものにも【プレゼントのセンス】が適用されることによって……

そのうち……

なんか、まあ、いいかんじになるのだ。


すると、目にとまる物。

『これだ!』

僕の【プレゼントのプロセス】……じゃない、【プレゼントのセンス】が叫ぶ。

母はよく、家で暇つぶしにスマホでパズルゲームをしている。

「なんかいいアプリない?」

そう訊いてくる母の声を思い出す。

彼女へのプレゼントは『ルービックキューブ』に決まった。



そのプレゼントを渡した時、母の目は輝いているように見えた。

僕は心のなかでガッツポーズをし、心のなかで【プレゼントのセンス】とハイタッチを交わした。

『ルービックキューブ』には台座もついており、そこに載せることで、インテリアとしてもなんだか知的で格好がよくみえる。

そんな知的アイテムはリビングの母の席から届くように、テレビの脇に置かれた。

ふとした日常の一コマに、母がそれで遊ぶ姿を見るのが楽しみだった。

しかし数日経ってもその光景はない。

というか『ルービックキューブ』そのものがない。

テレビの脇には三角形の台座が、主を失って空虚に居座っている。

「まさか……」

僕はリビングから母の『ルービックキューブ』を持ち出した犯人に心当たりがあった。

というか今思えば僕はこういう事態が起こることを、心のどこかで予期しておくべきだったのかもしれない。

その犯人が起き出してくるのを待って、声をかける。

「完成しそうか。『例のアレ』は」

「もうちょい、かかりそうやね」

ゲーム好きな三男は、それだけ言い残して部屋へ消えていった。


プレゼント選び、まだまだ奥が深いのかもしれない。

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