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【ショートショート】星野王子さま

大好きなガッキーが結婚した。

僕はずっと前からガッキーのことが好きだった。大好きだった。でも悲しくはない、ショックなんかじゃない。

嬉しい、誇らしい。

なぜなら、相手が星野源だったから。


・・・


「吉野くんって、目元、星野源に似てるよね」

僕は何度かそう言われてきたことがあった。

最初は「星野源って誰」と思ったけど、自分で検索し、CDをレンタルし、曲を聴き、ラジオを聴き、そんなことをしているうちに、なぜかとてつもなく彼に親近感を抱くようになった。

まるで僕のかっこいい部分だけが独り歩きし、才能を開花し、みんなからキャーキャー言われてるような気分。非常に誇らしい。

ドラマで見るようになっても、それは僕のように見えたし、僕もこんな髪型にすればいいのかな、と参考にした。

2016年のことである。

チャ~ラチャラチャチャ、チャ~ラチャラチャチャ・・・というイントロに合わせてガッキーと星野源がハッピーに踊りだしたのは。「逃げ恥」の登場だ。

うわ、ガッキーの相手、僕じゃん!

僕は嬉しくなった。

SEという職業も、口下手だったり人見知りな性格も、親近感をより強める。これは、これは僕とガッキーのムズキュンラブストーリーだ。

全話録画した。恋ダンスも覚えた。髪型や眼鏡も少し、星野源扮する平匡(ひらまさ)さんを意識して近付けた。

「逃げ恥」ヒットのお陰で、僕は一層上司や同僚からも「よ!平匡!」なんて言われるようになる。


・・・


「良かったな、平匡。ガッキーと結婚できた今、どんな気分だ?」

昨日のめでたいニュースを思い出した課長が、ニヤニヤしながらポンッと肩に手を乗せてきた。僕はもじもじする。

なんて面白い返しをしよう。ここはもう、星野源になり切って、「結衣と再会した時はこのチャンスは逃すまいと思いましたね」なんて言おうかな、どうしようかな。

なんて口ごもっているうちに

「はあ?」

恐ろしい地響きのような声がした。課長と僕は、複合機のすぐ傍に座る声の主を見る。

「誰が平匡だって?」

40手前の女性社員、佐川頼子がギロリと睨み付けてきた。課長が僕の右手を持ちあげる。

「吉野です」

「え?吉野くんが?星野源?苗字が似てるって話?じゃなくて?」

明らかなる批判口調だ。

「え、自分のどこを見て星野源に似てると思った?目?眉毛?髪型?」

僕は完全に怒られそうな小学生みたいに目を泳がす。どうしたらいいか分からない時って、なぜか情けない笑顔になる。今にも「なに笑ってんの!」と怒られそうだ。

「いや、自分で思ったんじゃなくて、みんなが、みんながそう言うだけです・・・」

そう答える僕を、佐川頼子はじーっと目を細めて見続ける。ほーーんーーとーーにいいい??瞳が僕を疑っている。

そして「あのねえ!」と怒涛の如く口を開いた。

「星野源は、トータルで星野源なの。分かる?目が、髪型が、とかそういう部分部分の話じゃないわけ。トータルで、顔面もあのパーツパーツがあの大きさで、あの場所にあるから、星野源は星野源たり得るの。そして楽曲センス、トーク、ダンス、下ネタ、ぜーーんぶ、全部が星野源の必要不可欠な要素なわけよ。ね、分かる?どこか、なんとなく、星野源に似てるからって軽々と『星野源に似てるって言われた』って思い込まないでほしいの。ぜーんぶ、ぜーんぶ、マルチな才能から醸し出される雰囲気も含めて、『似てるね』ってなった時に、そこで初めてうぬ惚れてほしい!もし!万が一!似てるとするならば!『星野源に』じゃなくて『星野源の小さく垂れた感じの目に』だと思うけど!私はね」

佐川頼子は口頭マシンガンをバババババババ!!!と撃ち終えた頃には、肩で息していた。ほのかに汗も額にかいている。

それほどに必死に僕に伝えようとしたわけだ。何がなんでも。

悲しかった。

泣きたかった。

長い年月をかけ、ほんの僅かに積み重ねられてきた自己肯定感が一瞬で足元から崩された。ダルマ落としで、何も考慮せず、横からバチコーンと小槌を殴り当ててきたようなものだ。

痛い、つらい、あまりにも酷い。

「なんてこと言うんですか」

僕は佐川頼子を前に声が震えていた。

「僕は、僕は、ガッキーが大好きなんですよ。ずっとずっと、初めてドラゴン桜で見た時からずっと大好きなんですよ。ずっと応援してきたんです。失恋しても、心の中で『ガッキーほど可愛くなかったからいいじゃないか』と自分を励ましたり、バレンタインデーにチョコ貰えなくてもメルティーキッスを自分に買ってガッキーからのプレゼントだって言い聞かせたり、つらいことがあればドラッグストアでガッキーのポスターを探し練り歩いたり。たっくさん、たっくさん、ガッキーに支えられてきたんです。大好きなんです。でも、結婚しちゃったんですよ。結婚しちゃったんですよ。分かりますか?大好きな人が結婚しちゃう喪失感。でも!でも僕は、祝えました!喜べました!それが何故だか分かりますか?星野源だからですよ!僕は、たまに『星野源に似てるね』って言われますよ、ええ、言われますよ。だから嬉しかったですよ、ああ、ガッキーが僕のことを選んでくれたって。そう思えば、ショックよりも遥かに喜びの方が大きかった!僕が星野源に似てるから、喜べたし、こうして元気に出社できてるんです!僕は星野源に似てるって思い込めてたから!だけど!そうじゃないと!全く似てないと!じゃあ、どうしてくれるんですか!今日僕はこれから寝込みます!明日出社できそうにないです!佐川さんのせいです!全部、佐川さんのせいです!」

泣いた。僕は泣いた。複合機の前、業務室のど真ん中で泣いた。

「星野源に似てる」、それだけによって僕は自分のコンプレックスも弱さも全て肯定してこれたのだ。自分のことが好きになれたのだ。

だから、すごくすごく、ガッキーと星野源の結婚が嬉しかった。

大好きなガッキーが、まるで僕の全てを受け入れてくれたようで。

「星野源に似てる」僕にとって、最高にハッピーなニュースだった。

だけど、僕は全然星野源には似ていなかった。

佐川頼子の言葉がぶっとい棘となってワイシャツを突き破って僕の胸に突き刺さる。

それは抜けそうもない。

星野源のことが好きな人は、決して僕に「星野源に似てるね」だなんて口が裂けても言わない。絶対に言わない。

そう、だから、もし、ガッキーがこの職場にいたとして、話せるところにいたとしても、きっとガッキーは僕を選ばなかった。

ガッキーは「星野源」を好きになったのだから。

僕は今、初めてガッキーの結婚で泣いた。ガッキーの結婚相手の星野源に嫉妬した。

星野源の顔を改めて見ると、「誰だよ、こいつ」と思う。僕と似ても似つかない。

親近感を抱く余地がない。

僕は星野王子さまじゃなかった。

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