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九月一日という名の〆切

「〆切」は、不思議な力を持っている。
そんなもの元々ないはずなのに、確かな影響力を持っている。

広告代理店で働いていると、様々な〆切に囲まれる場面が多い。A社の〇〇はこの日までに、その間にB社の△△を終わらせて、それが終わったらC社の××に対応する、といった感じで次々と〆切が攻めてくる。

その上、それぞれの〆切に対して更に細かく〆切が設けられていったりした日には、もう、ウワァーーー!と、遠吠えをしたくなる。リアルいぬのおまわりさん状態だ。困ってしまってワンワンワワーンの歌詞がやけに沁みる。

自分はいわゆる「計画性のない人間」であり、昔から〆切と過ごす夜は多かった。

そんな自分にとって、今日「九月一日」という日付には、並々ならぬ想いがあるのだ…。

回想編、スタート

登校開始日の前日に自由研究に着手し、半ば狂乱状態で直近のオリンピック日本人メダリストを模造紙1枚にまとめ上げた小3の夜。

極限状態の中でマッチアップした「伊調馨」の漢字がムズ過ぎて、軽く発狂しかけた事を覚えている。

後日、第一理科室でアスリートのフルネームを一人ずつ丁寧に読み上げた。ついにそこでも、「伊調馨」の三文字は読めなかった。カオルさんなのかカオリさんなのかが急に分からなくなり、唐突な早口+曖昧母音で強引に切り抜けた。

どちらにせよ教室は、メダリストの名前を見やすくまとめる事のどこが研究なのか、自由にも程があるのではないかという空気に包まれていた。

別の夏には、自由研究らしくアリの巣研究キットに手を出した。半透明な青いジェルが敷き詰まった容器の中に、外からアリを捕まえてきて閉じ込める。するとどうしようもなくなったアリ達が仕方なくその場で巣を作り始め、スケルトンなアリの巣をゲットできるといった装置だ。

アリの巣研究キットは自由研究ポイントの高さが魅力的だったが、ここにも〆切の壁が立ちはだかる。

アリが巣を作り始めるのに1週間、そこから研究に足るクオリティの巣ができ上がるのに2週間、合計3週間がアリ側が提示する希望納期だ。となれば、こちらはどんなに遅くとも8月上旬にはアリを採取しなければならない。その上、アリの採取に際する事前の検討事項も多い。

十分な巣を作るためには果たして何匹のアリが必要なのか、近所で活きの良いアリを採取できる場所はどこか、『ごくせん』の再放送を見逃さない為には何曜日に出かけるのがベストか、その足で市民プールに行くことは可能か、キットごとおばあちゃんの家に飛行機で持っていっても大丈夫なのか、アッ、ウッ、ウッ、ウワァーーー!タスクが多すぎて、思い出すだけで胸が苦しくなる。26歳になった今でも正気を保っているのがやっとだ。広告代理店で働いていなければ危なかった。

そうして無事手ぶらで夏休みをウォークスルーした僕は、その年も九月一日前夜に傷一つないジェルを泣きながらほじくってアリの巣らしきものを作った。アリは翌朝、学校に向かう途中で適当に捕まえた。

昔から、夏の終わりと〆切は切っても切り離せなかった。

回想編、終了

そんなどうしてもデメリットばかりが目立ってしまう「計画性のない人間」だが、今回は逆にそのメリットを考えたい。臨機応変に行動できる、好奇心が旺盛、ポジティブ、就活ではこう言い換えろと教わった。しかし僕が思う一番のメリットは他にある。

それは、同じく計画性のない人の気持ちが痛いほど分かるということだ。

毎回遅刻するくせに、毎回本気で申し訳なさそうにできる人の気持ちが分かる。そうだよな、時間を逆算する脳の部分がちょっとぶっ壊れてるだけなんだよな。「時間あるなら家早めに出ればよかったじゃん」とか言われても、なんかそういうんじゃないんだよな。

「いけたら行くわ」って言って、当日本当に来る友達の気持ちが分かる。そうだよな、自分の予定をハッキリと想像できないから、その日行けるのか本当に分かってなかっただけなんだよな。

「あと1時間で終わります!」って言った1時間後に「すみません、あと1時間で終わります…」って言う後輩の吉田くん(仮)の気持ちが分かる。そうだよな、ちょっと時をかけてるだけだよな。こっちは未来で待ってるからさ、全然もう2セットくらいいっちゃえよ。




…とまあ色々書いたが、とはいえ〆切がなければこうしてブログを書くこともしていないだろうから、なんとも難しい。

「〆切」の影響力は計り知れない。

















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