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先生が先生になれない世の中で(25)花火大会は誰のもの

鈴木大裕(教育研究者・土佐町議会議員)

今年の夏、コロナ禍で中止が続いていた花火大会が、4年ぶりに各地で開催された。しかし、花火に使う火薬の高騰や、人手不足などによる警備費の高騰などで、どの自治体も経営面で苦戦し、なかには中止を決定した自治体もある。

そんななか、ひときわニュースを騒がせたのが、例年35万人以上が訪れる「びわ湖花火大会」だ。4年前と比べ約1億円増加したという大会経費3億
円(*1)を捻出するために、大会実行委員会(滋賀県、大津市、観光振興団体などで構成)は無料席を減らし、有料席を前回より1万席多い5万席に拡大。実に2キロに渡る有料席が誕生した。有料席は最も安いのが4500円の立ち見席。中高校生などが観に行くにも気軽に購入できない金額だ。そして最も数の多い普通席が6000円、飲み放題付きのエグゼクティブシートが2万5000円、芝生スペースで優雅に観覧できる床几 席(上限5人・飲み放題付き)6万円、と料金に幅を設けた。

それ以上に物議を醸したのが、有料席以外の場所での立ち見を防ぐために設置された高さ4メートルの「目隠しフェンス」だ。人が立ち止まることで雑踏事故が起こる危険性があったと実行委員会は説明する。しかし、目隠しフェンスの設置を機に地元住民の不満が爆発。地元自治会連合会が採択した「びわ湖花火大会に関する決議文」は、「有料席を購入できる人は限られ公平性に欠ける」など指摘し、地元が反対を求めるなかでの花火大会開催となった。決議文は問う。「だれのための花火大会か、何の意味が花火大会にあるのか(*2)。」自治会連合会会長はテレビのインタビューでこう言った。「以前は家族そろって見ていたので、昔を知っている人にとっては、楽しみにしていたものを遮るものだと思っている(*3)。」

びわ湖花火大会の前身は、昭和59年に地元住民のために開催された「浜大津花火大会」だという(*4)。それがいつしか滋賀を代表する観光事業となり、商業化する中で、子どもからお年寄りまで「誰もが楽しめる夏の風物詩」としての花火大会は過去のものとなっていった。

私の実家近くで行われる「幕まく張はりビーチ花火フェスタ(千葉市民花火大会)」も、もともとは「戦後の復興中の市民の憩いとなる催し物」であった(*5)。だから最初から赤字前提で、採算の取れるような催し物ではなかった。それが今では、「海辺の賑わいの創出と地域経済の活性化を目的とした観光行事」と位置づけられ、外貨を稼ぐ巨大イベントへと変身してしまった(*6)。

2016年に出版した『崩壊するアメリカの公教育――日本への警告』の「はじめに」で、私は当時日本でも始まりつつあった花火大会の有料化について警告している。しかし、それはおさまるどころか、逆に加速している。帝国データバンクの調査によれば、2023年に有料観覧席を導入するのは全国106の主要花火大会の約7割にのぼり、有料席の階層化が進むなか、平均料金もこの4年で跳ね上がっている(*7)。有料観覧席の創設から始まり、いわゆる「ダイナミックプライシング」による富裕層をターゲットとした高額プレミアムシートが導入され、ついにはチケットを購入していない人たちの排除が始まるのだ。

「幕張ビーチ花火フェスタ」も、有料化が始まった当初はそこまであからさまでなかったものの、今年は露骨に特設HPでこう訴えた。「チケットをお持ちの方以外は会場周辺に観覧場所がありませんので、来場はお控えくださるようご協力をお願いします。」確かに「市民無料招待席」はあるが、当然ながら数は限られている。Aエリア、Bエリア、Cエリア……。「市民花火大会」にもかかわらず自治体が公然と格差を肯定し、多くの市民を排除することにすら違和感を持たないくらい、人々の感覚は麻痺してきている。ちなみに、今年販売された最も高額な有料席は、神奈川県の「小田原酒匂川花火大会」の「Sタイプ/ベット席」の30万円(大人2名)だったそうだ(*8)。

全国各地で開催される祭りも同様に商業化の道を突き進んでいる。1座席20万円のプレミアム桟敷き席が話題になった徳島県の阿波踊り。青森県のねぶた祭りに至っては100万円のVIPシートまで登場した。

もちろん、「膨張する経費をどう賄うか?」という議論の枠組みで考えるならば、有料観覧席は理にかなった答えなのだろう。しかし、もし地元民のための催しものなら、そんなにたくさんの花火を打ち上げる必要があるだろうか。警備が必要なくらい大規模な会場を用意する必要があるのだろうか。外に向けて宣伝する必要があるだろうか。いま問うべきは議論の枠組みそのものなのだろう。そもそも花火大会は誰のものなのか。

花火大会当日、近隣の都市部から来た家族連れなどが優雅に花火を楽しむ浜辺の特等席の外では、ひと目見ようと目隠しフェンスの隙間に人だかりができていた。先述の自治会連合会会長は、フェンスにしがみついて隙間から花火大会を見ようとする人たちを申し訳なさそうに見つめ、こう嘆いた。

「このかべが人の気持ちを変えてしまう(*9)。」

【*1】https://news.yahoo.co.jp/articles/eb5f7ad64d60a3f9743b45737f6c5aadd0752eaf 
【*2】https://www.asahi.com/articles/ASR847T4ZR82PTJB002.html
【*3】https://www.nhk.jp/p/ts/8RG6LZ736N/blog/bl/pdVzWyQwed/bp/p90Q0N8DKV/  
【*4】https://www.sankei.com/article/20230727-RI5QQFPXQNM27M264IDSPVWMAE/
【*5】https://www.library.city.chiba.jp/news/pdf/utase-rekisi.pdf 
【*6】 千葉市令和4年度当初予算のあらまし。
【*7】https://news.yahoo.co.jp/articles/2a774ab3a679dbb2e889caf3da318dc1bc509a19  
【*8】 *7に同じ。  
【*9】https://www.youtube.com/watch?v=km8l-kyp0SA

鈴木大裕(すずき・だいゆう)教育研究者/町会議員として、高知県土佐町で教育を通した町おこしに取り組んでいる。16歳で米国に留学。修士号取得後に帰国、公立中で6年半教える。後にフルブライト奨学生としてニューヨークの大学院博士課程へ。著書に『崩壊するアメリカの公教育――日本への警告』(岩波書店)。Twitter:@daiyusuzuki

*この記事は、月刊『クレスコ』2023年10月号からの転載記事です。


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