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先生が先生になれない世の中で(29)~高知 教職員と議員のつどい~

鈴木大裕(教育研究者・土佐町議会議員)

「もし機会があるならば、教育現場の声を直接議員に伝えたいと思いますか?」――そんな私の一言から、あるイベントが昨23年8月に高知市で実現した。その名も、『高知(若手)教職員と議員のつどい』。当日は、小中学校、特別支援学校、養護、栄養など、若手教職員に加え、高知全域から約20名の議員が参加した。党派関係なく、さまざまな市町村議会から議員が集まり、中には県議会議員の姿も見えた。

前半は、それぞれの立場の教諭がグループごとの「課題と要望」をプレゼンしたのに対して、議員側からの質疑応答。議会ですぐにでも活用できるように、教職員は同僚への事前アンケートに基づく資料を用いて、働き方改革の必要性を訴えた。

後半は、地域別に分かれて、地元選出の議員と教職員の交流の時間を設けた。「ぜひまたやりたい」という声が議員からも聞かれ、定期的におこなうことになった。「つどい」に参加した議員らの熱気を目の当たりにし、「お互いに話を聞くきっかけがなかっただけだったのだ」と感じた。教育現場の本音を聞きたい議員は、実はたくさんいる。

そうしてボールは議員サイドに投げられた。本当の勝負は、次に議員たちがいかにそれら教職員の声を形にして、政治に届けることができるか。議員サイドの実行委員会が発足し、全体のLINEグループも立ち上がった。そして、11月最初の土曜日に、高知市議会の一室を借りて第2回の会議がおこなわれた。実に県内15の議会から党派を超えた29名の議員が集まる盛況ぶりだった。

早くも9月議会の一般質問で取り上げた議員が複数おり、参加した教職員からは、「議員さんが各議会で、もうすでにとりくんでいてくれることに励まされました!」「今回も新たな出会いや深まりがあり、熱心に質疑、発言される議員さんの姿勢に感激しました。立場を越えて共に語り合うことで気づくことがたくさんあり、私たちも言いっぱなしではなく自分たちにできることもたくさんあり、責任感、使命感、現場でのやる気が湧いてきました」などのうれしい声が寄せられた。

今日の子どもや先生はなぜこんなにも忙しいのか? 第3回は、そんな素朴な疑問から生まれたオンライン勉強会をおこなった。テーマはいわゆる「余剰時数」の削減。国は、学習指導要領にて一学年度に実施すべき授業時数として、「標準授業時数」を定めている。しかし近年、それを遥かに上回る時間の授業を実施している自治体があることが明らかになっており、教員の過重労働の一因として問題になっている。余剰時数は、「災害や流行性疾患による学級閉鎖等の不測の事態」に対応するために認められているが、実際には学力調査対策のために設けられていることも多い。

この問題に関しては、わが土佐町議会ではすでに1年をかけてとりくんできている。12月議会を見据え、私が実際におこなった過去の一般質問の議事録や、関連する政府の動向などを用いた、各自治体ですぐにでもとりくめる「学校における働き方改革」に着手するための、実践的な勉強会となった。

それをきっかけに、高知県内の議員が自由に情報共有できるクラウド上のフォルダも作成した。すると、すぐに議員らが自分の自治体の余剰時数の実態を教育委員会に問い合わせ、11の自治体のデータがそろったことで比較が可能になった。また、自分の一般質問の原稿を共有し、意見を募る議員も出てきた。一般質問を練るうえで、自然とさまざまな疑問が生じる。12月議会が近づくにつれ、連日のように活発なやりとりがLINE上でおこなわれた。

その中で、わかってきたこともある。一つは、余剰時数の多さが高知県全体の問題であること。そしてその背景には、余剰時数の多さを看過してきた県教委の体質も関係しているということ。また、余剰時数は存在しない、あるいは多くないと主張する自治体でも、毎朝始業前や下校前の15分などの「オビ時間」や、全員残しての放課後の補習など、授業時数にはカウントしない、いわゆる「隠れ授業時数」があること。また、もっと悪質なのは、政府の通達により県教委から余剰時数の削減を求める指導を受けたのち、71時間を上回る余剰時数は「学校行事等」の時数に移行するように、と教育長が各校長をまわって隠蔽を図っている自治体が複数存在することもわかってきた。

一方で、前向きな成果が見られた自治体もある。香南(こうなん)市などは、①余剰時数を0(ゼロ)にはできないが多過ぎると認める、②校長会で年度途中の見直しを図る、③2024年度は計画時から余剰時数を見直す、④夏休みの短縮を見直すなど、大きな成果をおさめた。また、結局は教員数を増やさなければ抜本的な働き方改革にならない、国が定める標準授業時数の初期設定がそもそも多すぎるなどの共通理解を、自治体を超えた議員間ではかれたことも大事な成果だった。

12月議会で、私が把握しているだけで12の自治体で同時多発的にこの問題が取り上げられた。このようにして、一つひとつ教育課題にとりくんでいけたらと思う。子どもの教育は、立場や党派、世代などの垣根を超えて、人々が手を取り合える希望の領域である。

鈴木大裕(すずき・だいゆう)教育研究者/町会議員として、高知県土佐町で教育を通した町おこしに取り組んでいる。16歳で米国に留学。修士号取得後に帰国、公立中で6年半教える。後にフルブライト奨学生としてニューヨークの大学院博士課程へ。著書に『崩壊するアメリカの公教育――日本への警告』(岩波書店)。X(旧Twitter):@daiyusuzuki

*この記事は、月刊『クレスコ』2024年1月号からの転載記事です。


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