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アイシテルから零れ落ちるもの

映画を見終わって、ひとりでスタバに入って、未来像のまばゆい余韻に浸りながら、あっちゃんと観たかったなあとメールで呟いた。

あっちゃんから即レスで「アイシテル」と返ってきた。アイシテルは火星で定着した言葉で、同性の間で使うカタカナ語。男と女が「愛してる」を使うのは今は地球だけで、遠く離れた火星では手をつなぐ行為に置き換わっている。

仲直りや思い遣りを表現するために、カタカナ語として戻ってきた「アイシテル」。わたしはその言葉で返そうかどうか、すごく迷った。

*

あっちゃんは最近冷たい。そろそろ十七歳だし、お互いに手をつなぐ彼氏もできた。映画を断られたのも、あっちゃんのデートと重なったからだ。

しかたないんだ。わたしの彼は映画の音響の迫力が大の苦手で、映画館の新作を一緒に見ることが無理だ。

人それそれが持っている点をつなげて生きていくのは、いろんな都合が重なって、とてもややこしい。あっちゃんはもう結婚も考えている。

もうじきわたしは仕事に就いて、火星環境改善に関わる業務で忙しくなる。今度はわたしが融通の利かない立場になる可能性が高くなりそう。

火星って両親が夢見ていた時代よりも、せわしない。

*

伏せていた携帯電話がまた震えた。あっちゃんから二つ目の「アイシテル」が届いていた。きっと、不安になって心を震わせているんだ。

わたしは急いで「アイシテル」と返信した。そのあと、続けて入力し始めた。

「わたしたちの前に広がっている真っ白な紙に、たくさんの文字を書き連ねて、わたしたちは一緒に生きていたい」

でも、入力した文章をすぐに消して「明日の吹奏楽部のリハ、自信ないから、朝練つきあって!」と打ち直した。

あっちゃん、君にほんとうに言いたいことは一杯あるんだ。「アイシテル」で言い換えられないことばかり。わたしはこの星でとても不安なんだ。

不安になるのはどうしてだか、わかる?

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