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空蝉

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本日のお題は「空蝉」です。

 いつもの散歩道、必ず通る雑木林の林道。
遅めの朝の時間帯は少々日が高くてもまだまだ涼しい。これが後1〜2時間もすれば虫眼鏡で焼かれているかと想うぐらいの日差しに変わる。公園の木や空き地のフェンスに蝉の抜け殻がここにも、あそこにも。どこから来たのか分からないけどアスファルトからの壁にもたまに張り付いている。みんな背中がパックリと割れて、元居た主は既に居ない。

 夏真っ盛りの時は負けじと蝉が鳴き合戦を行なっている。鬱蒼と茂った木に囲まれているから彼方此方から聞こえる。
自分の知識不足だったのもあるけど、蝉って羽を擦って鳴いているかと思っていたが、お腹を高速で振動させて鳴くんだね。丁度目の高さの位置に止まって鳴いていたから観察してみると、深呼吸をしたみたいに一度体を曲げてお腹を振動させ始める。
モーターのように最初はゆっくりだが、何が憎いのか分からないがミンミンと鳴き始める。

ミンミン、ジジジジ、チョリースチョリース、カナカナ。

 ミンミンゼミは字の如く鳴き方だけど、アブラゼミ、クマゼミ、ニイニイゼミ、夕方にはヒグラシとツクツクボウシ、鳴き方は色々あるけれど、パッとみてこれが何ゼミとすぐに言えたものではありません。
元気な蝉は飛び立つ時に、尿を振り撒いたり、すぐに高く飛ぶ。毎年、雑木林や神社、林道を歩く時は蝉のステレオを聞く事で、今年も暑くなるんだなぁと。徒然に思っていたり…。

 しかし、このステレオもすぐにアナログに変わってくる。ヒグラシやツクツクボウシの声が増えて来たと感じ始めたら、蝉が彼方此方で地面に落ちている。それでもまだ動けるのか、ひっくり返ったまま飛ぼうと羽を一生懸命に動かすが、地面を転がるように移動するだけで同じ場所をグルグルまわっている。

まだ飛べる、まだ鳴ける…

足でヒョイとひっくり返った体を元に戻してもまた同じようにすぐにひっくり返る。また同じようにグルグルと暴れ、回っている。

まだ生ける、まだまだ生ける…

気がつけば踏まれて潰れた死骸や、ひっくり返ったまま足を曲げている死骸、バラバラになった死骸、蟻に運ばれている蝉だった羽の一部…。
まだ空を飛び、へばりついて精一杯鳴く事ができれば、それは蝉の本望だろう。また、そうする事によって子孫を反映させるべく、メスは枯れ木に卵を植え付ける。

 今日はアナログにもならなかった。長い雨が続いて、久々に散歩に出ても、鳴いている蝉は殆どいなかった。同じように長い雨が続いて、木の低いところに羽化できなかった蝉の幼虫を見かけた。
蝉の抜け殻は軽く、簡単に指で潰せる。しかしこの抜け殻になり損ねた幼虫はどうだ、重みもあり、背中に切れ目はあるものの、生気をまるっきり感じる事ができない。

ガキの頃、近所の子供たちみんなでかくれんぼを公園でしていた時、自分が鬼になった時だった。他の子供だちはニヤニヤしていて、早く数を数えるように囃し立てる。内心、「何かあるかな?」と思いながらも公園の看板に腕を置き、そこに目を当てて数を数え始めたその時だ。
後ろ首筋にチクリと硬く、痛いと思った瞬間、全身に寒気が走った。目で見えなくても分かる、蝉の死骸を押し当てられたのだった。
当時から蜘蛛が苦手で、バッタやカマキリは平気だけど、虫は基本その蜘蛛のおかげで全般的に苦手だった。近所のガキ達はオイラの蜘蛛嫌いは知っていて、驚かせてやろうと蝉の死骸でもどう反応するか試したかったらしい。
オイラは大泣きに泣き、泣いて逃げ帰った。こちらも蝉に負けじと泣いただろう。

そんな事を思い出しながらも飛ぶ事がなかった蝉になれなかった幼虫を草むらにそっと投げ込んだ。この幼虫もまた草木の栄養分になり、または蟻や土竜の餌になる。

 夏の風物詩でもある蝉。生まれてすぐに土中に長い間生き続け、やっとの想いで外に出て、羽化して空を羽ばたく。昔は1週間程の寿命と言われていたけど、中には一夏は過ごせるぐらいの日数を生きるらしい。しかし、多くは短い余生の儚い生き物。

鳴いて謳歌するか、泣いてその儚さを憂いるか。それは空蝉だけに羽化した蝉だけにしか分からない。

ー締ー

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