「New Generation」ショート×ショート(1063文字)
「師よ。明日の昼に、旅に出ようかと思うんです」
老子の前に現れた少年はそう呟いた。灯に照らされた少年は、過去に現れた若者と何ら変わりがないように思われた。だが、老子はすぐに異変に気が付いた。床まで伸びた髭を撫でつけるようにして、目の前の現れた奇妙な胎動を捉えようと試みた。
「ふむぅ。して、君はどうして寝間着姿なのだ」
過去に村を出ていった者は総じて重々しい雰囲気と共に、老子の前に現れた。例外は無かった。旅立ちの儀式のようなもので、その瞳を熱く燃やした若者ばかりが現れるのだった。
灯に揺れて映し出される少年の姿は、どうもそれとは異なっていた。
「ええ。寝床に入り込んだ時に、ちょうど思い立ったものですから。ですが、ずっと苦心していたことだったのです。明日の昼に、わたくしは旅立とうと思います」
少年は眠気に圧されていた瞼を擦り、そう答えた。
「うぅむ、そうか。だが、なんと申した。昼と云ったな。なぜだ。旅立ちは明朝と決まっておろう、君はいったいどうして昼に旅立つのだ」
老子は思わず声を荒げそうになったが、堅く猛々しく生えた自身の髭を触ることで、威厳を取り戻そうと繕った。悠久の年月の為せる滝のような髭は、まるで老子の鏡のようだった。
「それはもちろん理由に基づいてです。わたくしは、朝が弱いのです」
少年の瞳は、真っ直ぐに老子を見つめていた。老子の違和感は止まることが無く、むしろ何か、未だ感じたことも無い興味へと繋がりはじめた。
「ほう。そんな理由で」
相槌を打った少年は、不思議そうな表情を浮かべている。まるで、なぜそんなことを仰るのか、という具合だった。
「そんな覚悟で旅ができるのかね」
老子はついに声に力を込めた。だが、どうも暖簾に腕を押すような感覚に近かった。
「はい。最初、申し上げたように。ずっと決めていたことですから」
少年の声は力強く、今までに現れた若者と変わらない気がした。
「よろしい。では太陽が天に刺した時、東を目指すといい」
「いえ、わたくしは西を目指します」
老子は再び髭を触り始めた。しかしそれは、冷静さを取り戻す仕草ではなく、少年の話に価値を掴み始めた証だった。
「なぜだ。東と決まっておろう」
既に、老子は少年の答えに微かな期待をしていた。春の訪れを告げる新鮮な風が灯を散らしている。
「はい。だから西なのです。決まっているからこそ、そうではないことを求めているのです。もちろん、違うと感じれば、途中で変えることもあるでしょう」
こうして少年は多くの弟子達と同じように旅立った。
だが老子は予感をしていた。
遥か遠い大陸から、どの弟子よりも偉大な活躍をした少年の隆盛が聞こえた時、老子もまた賢人に違いなかったのだろう。
いとも簡単に、長い髭をばっさりと切り落としたそうだ。
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