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渡り廊下をあるく、私の推し

あの日は、
少し落ち込んでいた。

行き場のない気持ちに
あてもなく一人、
キャンパスを散歩していた。

渡り廊下で目の前を歩くのは
どこぞやの助教授だ。

いつも飄々とクールな彼が
その日は鼻唄を歌いながら
手に持ったトートバッグをくるくると
ふりまわしていた。

何かいいことあったのか?
いつもの姿が嘘みたいに、
子供のようにるんるんだ。

後ろの私に気づいていない。
ついついおかしくなって
こっそり笑う。

なんかあほらしい。

心に沈んだものが、
彼の姿に一気に浮かび上がる。

人間は心ひとつでいかようにもなる。
もっと人生を楽しもう。
同じ空間にいる彼と自分のコントラストに
そんなことを思わされた。

あの日のひょんなことで、
私は彼のファンになった。

たまたま彼と話す機会があり、
彼が私の故郷に来たことがあることを知った。

今度は釣りに行ってみたいと言う。

日焼けのない真っ白な顔でそんなことをいうから、
思わず指で脇腹をひと突きしたら
びっくりするほど吹っ飛んだ。

自分でもなぜそんなことをしたのか
よくわからないが、
彼の予想外の反応にあっけにとられた。

よくよく聞くとロードバイクにも
乗っているらしい。
なぜそんなに白いの?

あれから、どんなにキツイ日であっても
キャンパスで彼にすれ違う度に
なぜだか元気をもらっていた。
なんでいつも、そんなに楽しそうなんだろう。

そう、はじめて彼に会った日も
彼はとても楽しそうだった。

私の教授の、本の山に埋め尽くされた
常に夜のような研究室で
コーヒーを片手に雑談をしていたら、
ノックの音がした。

この上なくニコニコしながら、
これまたコーヒー片手に彼がやってきた。

さては彼も、うちの教授との話が
大好きなのだなと一目でわかった。
しぶしぶ出ていく私は、楽しい時間を奪われて
むしろ彼を敵視していたのに。

ある授業で、彼が学生時代に撮った
お年寄りへのインタビュー動画をみせられた。

「この頃は引きこもりやってんけどなー、
この日はさすがに外に出たわー」と自嘲気味な
関西弁が今でも耳に残っている。

超高齢社会の日本を憂いて勉学に励む
引きこもりなんてこの世にいたんだな。

ところどころで感動させられる。
なんというか、目に見えない部分の努力と想い、
葛藤が垣間見えた時の破壊力が大きい人だった。

これが推し、みたいな気持ちなのか。

いまいち推しやファンのことを理解して
いなかったけど、
その人の姿をみるだけで元気なるなんて
すごいことだと思う。

こうして何年経っても思い出して
元気をもらうほど、
彼はきっと永遠の"推し"なのだ。

風の噂で教授になったと聞いたので、
ふとあの頃を思い出し、
こうして筆にのせてみた。

もう一度、彼の講義を受けてみたいものだ。

「おめでとうございます」
の気持ちをこめて。