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魔法少女の系譜、その146~『チャームペア』のマスコットたち、続き~


 前回からの続きで、セイカのぬりえシリーズ『チャームペア』を取り上げます。
 中でも、『チャームペア』に登場するマスコット的存在、「服を着て、人間のようにしゃべり、行動する動物」について、考察します。

 前回の考察には、いくつかの反響をいただきました。
 ある読者さんは、「『服を着て、人間のようにしゃべり、行動する動物』を普及させたのは、ディズニーのアニメ作品のミッキーマウスでは?」と提案して下さいました。
 別の読者さんは、『のらくろ』や『鳥獣戯画』を例示して下さいました。
 どちらも、理にかなったお考えです(^^)

 「服を着て、人間のようにしゃべり、行動する動物」が、世界で最初に、いつ頃、どこで描かれたのかは、わかりません。
 日本に限って言えば、現存する中では、『鳥獣戯画』が最古に近いでしょう。有名な、カエルとウサギが相撲を取る場面では、カエルもウサギも服を着ていませんが、他の場面には、服を着たウサギや、烏帽子をかぶったカエルが登場します。服を着たキツネや、笠をかぶったサルなども、登場します。
 『鳥獣戯画』が描かれたのは、平安時代末期から、鎌倉時代初期と考えられています。八百年ほども昔から、すでに、こういう表現があったわけです。

 その後、中世を通じて、絵巻などに、似た表現が見られます。
 江戸時代になって、出版技術が発達すると、娯楽用の読み物に、版画で挿絵が付けられるようになります。
 読み物の中には、「ヒトに化ける」と思われていたキツネ、タヌキ、ネコ、カワウソなどの動物が登場することがあります。それらの挿絵には、服を着たキツネ、タヌキ、ネコ、カワウソなどが描かれます。
 例えば、鳥山石燕【とりやま せきえん】の『画図百鬼夜行』シリーズには、服を着て烏帽子をかぶった犬神、破れ笠にぼろぼろの服を着た獺【かわうそ】、僧衣を着た鉄鼠【てっそ】、手拭をかぶって踊る猫またなどが登場します。

 ディズニーアニメの力を借りなくとも、日本には、古くから、「服を着た動物」という表現がありました。
 おそらく、『のらくろ』は、これらの江戸時代からの娯楽読み物の、直系の子孫でしょう。日本の漫画草創期を支えた、偉大な作品ですね。

 『のらくろ』は、野良犬の黒吉【くろきち】という犬が主人公です。野良犬の黒吉を略して、通称、のらくろです。最初は、服を着ていない、普通の黒犬として登場しました。
 のらくろは、旧日本陸軍を模した、犬ばかりの軍隊に入り、猿軍との戦争に身を投じます。「犬猿の仲」のパロディですね。軍隊に入ってからは、軍服を着て、人間のように、二本足で歩くようになります。
 一九三一年(昭和六年)に連載が始まるや否や、『のらくろ』は、大人気作品となりました。一九四一年(昭和十六年)に、内閣情報局に止められるまで、足かけ十一年も、連載が続きました。
 止められた理由は、内容に問題があったのではなく、戦時における物資不足のためでした。簡単に言えば、紙が足りなくなったのです(^^;

 ミッキーマウスが日本に紹介されたのは、『のらくろ』の連載が始まる二年前、一九二九年(昭和四年)です。戦前のことゆえ、情報伝達速度は遅く、ミッキーマウスが、直接、『のらくろ』に影響を与えた証拠は、ありません。

 ただし、一九三六年(昭和十一年)には、少なくとも日本の都市部では、ミッキーマウスの知名度が上がりました。この年は、ちょうど子年【ねどし】だったので、ミッキーマウスを描いた年賀状があったことが、確認されています。

 なお、『のらくろ』は、戦後にも描き継がれ、昭和四十二年(一九六七年)ごろには、リバイバルブームがありました。このブームに乗って、『のらくろ』は、アニメ化されました。
 アニメが放映されたのは、昭和四十五年(一九七〇年)から昭和四十六年(一九七一年)です。大ヒットとは言わないまでも、そこそこヒットしたようです。

 さて、昭和四十六年(一九七一年)という年に、見覚えはありませんか?
 そう、この年は、福音館書店版の『ピーターラビット』が出た年ですね。
 『鳥獣戯画』から脈々と続く、「服を着た動物」という日本の伝統が、ここで、外国の児童文学と出会いました。
 実際には、もっと前から出会っていました。けれども、たまたま、この年に、『のらくろ』と、『ピーターラビット』という人気作品が揃ったことで、「服を着た動物」という表現に、光が当たったのかも知れません。

 そして、この頃には、ディズニーアニメのミッキーマウスやミニーマウス、ドナルドダック、デイジーダックなどが、日本人にも、馴染みのある存在になっていました。
 ディズニーアニメは、戦前の昭和初期から日本に入っていましたが、戦争がありましたからね……。一時期、米国製のディズニーアニメは、「けしからんもの」とされて、普通の日本人が楽しめるものではなくなってしまいました。
 戦後の復興期を経て、ようやく、人々が娯楽を楽しめるようになって、ディズニーアニメの人気も、復興しました。

 この後の展開は、前回に書いたとおりです。
 『のらくろ』アニメと福音館書店版『ピーターラビット』の二年後、昭和四十八年(一九七三年)に、アニメ『山ねずみロッキーチャック』が放映されました。『山ねずみロッキーチャック』は、『鳥獣戯画』以来のパロディ的な動物というよりは、『ピーターラビット』的な、児童文学の流れを汲む作品でした。
 同じく、児童文学をアニメ化した『ガンバの冒険』が、さらに二年後の、昭和五十年(一九七五年)に放映されます。

 『チャームペア』の服を着た動物たち、パウロ、ラビタン、チャップは、こういう流れの中から、生まれました。
 魔法少女ものではない『リリー&マリー』はともかくとして、『キャシー&ナンシー』の後期は、ラビタンとチャップが、「魔法少女のマスコット」的な存在になっています。

 しかし、二〇二〇年現在では、ラビタンやチャップのような、「姿は、普通の実在する動物なのに、服を着て、人間のようにしゃべり、行動する動物」が、魔法少女のマスコットとして、主流になってはいませんね。
 そういう道も、あったと思います。現に、二〇二〇年現在でも、ミッキーマウスやミニーマウスはもちろん、ピーターラビットにも、人気がありますよね。そういうキャラクターが、忌避されているわけではありません。
 にもかかわらず、なぜか、ピーターラビット的な方向へは行かずに、「実在しない謎生物」が、魔法少女のマスコットの主流になりました。

 『キャシー&ナンシー』のラビタンとチャップは、「あり得たかも知れない魔法少女のマスコット」の方向性を示した存在でした。
 二〇二〇年現在は、主流ではありませんが、娯楽作品の流行なんて、いつ、どのように変わるか、わかりません。突然、古い伝統に回帰して、「服を着て、人間のようにしゃべり、行動する動物」がマスコットになった魔法少女が登場して、人気を博するかも知れません。

 なお、魔法少女ものに「マスコット」が付きものになった理由は、おそらく、「おもちゃが売れるから」です。かわいいマスコットを出せば、マスコットのぬいぐるみなどを売れますよね?

 魔法少女ものに、マスコットがお約束になる前、魔法少女ものとは直接関係ないアニメで、そういう戦略が取られていました。『カルピスまんが劇場』です。『山ねずみロッキーチャック』や、『アルプスの少女ハイジ』や『フランダースの犬』が放映された枠ですね。

 『カルピスまんが劇場』は、『カルピスこども劇場』、『カルピスファミリー劇場』、『世界名作劇場』と名前を変えながら、一九九〇年代まで、続きました。『名作劇場』の名のとおり、多くは、名作児童文学を原作としたアニメでした。
 名称が『カルピスこども劇場』だった昭和五十一年(一九七六年)に、『母をたずねて三千里』のアニメが、この枠で放映されました。
 『母をたずねて三千里』には、原作の小説にないキャラクターが登場します。サルのアメデオです。主人公のマルコが、母をたずねて、イタリアからアルゼンチンへ向かう長旅に、ずっと付き合う相棒です。かわいいです(^^)
 このアメデオのぬいぐるみが、売れたらしいのですよ。

 そこで、制作側としては、「よっしゃ、この(かわいい動物)路線で行ける!」と思ったのでしょう。『カルピスこども劇場』で、『母をたずねて三千里』の次に放映されたのが、『あらいぐまラスカル』でした。昭和五十二年(一九七七年)のことです。
 『あらいぐまラスカル』で、アライグマという北米の哺乳類が、日本で、爆発的に知名度が上がりました。ラスカルのぬいぐるみも、とても売れたと聞きます。『あらいぐまラスカル』は、非常に息の長いコンテンツで、放映から四十年以上たった現在でも、新商品が出続けています(*o*)

 『母をたずねて三千里』や『あらいぐまラスカル』の成功を見れば、「マスコット」戦略は、大成功だったと言えます。

 『カルピスこども劇場』のシリーズには、まったく、魔法少女ものは、登場しませんでした。『母をたずねて三千里』も、『あらいぐまラスカル』も、少年が主人公ですし、魔法がある世界ではありません。
 この「マスコット」戦略を、魔法少女ものに取り入れたのが、『チャームペア』の『キャシー&ナンシー』ではないでしょうか。

 『母をたずねて三千里』と、『あらいぐまラスカル』は、『チャームペア』の『リリー&マリー』が展開されていた時期と、重なります。リリーもマリーも、パウロとは別に、ペットの動物を飼っていますよね。この時点で、「マスコット」戦略が、意識されていたのでしょう。
 『リリー&マリー』の次の『キャシー&ナンシー』にも、「マスコット」戦略が引き継がれました。『キャシー&ナンシー』は、魔法少女ものの要素を取り入れたために、二人のヒロインのペットは、のちの魔法少女もののマスコット的要素を持つようになりました。
 『キャシー&ナンシー』の後期に、ヒロインたちのペットが入れ替わって、「普通の動物」から、「服を着て、人間のようにしゃべり、行動する動物」になったのが、示唆的です。「魔法少女+マスコット」という組み合わせは、『キャシー&ナンシー』あたりから、意識されるようになったのかも知れません。

 『チャームペア』シリーズは、ぬりえで終わってしまい、アニメなど、他のメディアで展開されることは、ありませんでした。
 このため、知名度が低いです。魔法少女の歴史で、『チャームペア』は、見落とされてしまっています。
 それでも、ここまで『魔法少女の系譜』を読んで下さった方であれば、『チャームペア』を、日本の魔法少女の系譜から落とすことはできないと、わかって下さるでしょう。

 長くなりましたので、今回は、ここまでとします。
 次回も、『チャームペア』を取り上げます。



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