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魔法少女の系譜、その46~『超少女明日香』と口承文芸~



 前回に続き、『超少女 明日香』を取り上げます。

 ヒロインの明日香は、とても強い超能力少女です。彼女個人の能力もすごいですが、「自然の力」を借りた時の能力は、事実上、無限大です。無敵と言ってもいいくらいの強さです。
 ところが、彼女には、大きな弱点が一つ、あります。

 それは、「ゴキブリが苦手」なことです。場合によっては、気絶するほど苦手です。作品中で、ゴキブリのために、泡を噴いて倒れている場面があります。
 ウォーカー姉弟との超能力対決では、ゴキブリゆえに、苦戦します。対戦場所が下水道で、ゴキブリが多い場所だったからです。

 このように、積極的な弱点が設けられている魔法少女は、珍しいです。少なくとも、『明日香』が連載され始めた時点―昭和五十年代(一九七〇年代)―では。

 他の魔法少女も、「魔法少女であることが他人にばれてはいけない」、あるいは、「魔法道具が手もとになければ、魔法を使えない」などの弱点はあります。どれも、魔法少女であること自体の根本にかかわる設定ですね。
 むろん、これはこれで、面白いです。『明日香』の場合は、魔法少女であること自体とは、直接、関係のないところに、弱点を持ってきたのが、新しいです。

 職業がお手伝いさんなのに、ゴキブリが苦手では、家事がやりにくいだろうと思いますよね。
 でも、そこが、いい味になっています(^^)
 明日香は、どんな家事もこなすスーパーお手伝いさんなのに、ゴキブリが出ると、とたんにポンコツになります(笑) そのギャップが、面白いです。

 『明日香』には、「お手伝いさん」、「マスコット」といった古典的な魔法少女の要素に加えて、「超能力」、「変身」、「戦闘少女」、「わかりやすい弱点」といった、新しい要素があります。二〇一六年現在の目で見れば、「ありがちな設定」と見えるかも知れません。
 しかし、『明日香』の連載開始の時点では、新しかったのですよ。「ありがち」と思わせる、まさにその設定を創始した作品の一つでしょう。

 新しい要素という点では、「(相手役の)男性を守る女性」という点も、新しいです。
 明日香には、相思相愛の一也という男子がいます。一也は、超能力者でも何でもない、普通の男子高校生です。お金持ちのお坊ちゃんなので、財力はありますが。
 作品中では、明日香の戦いに巻き込まれた一也を、明日香が守る場面が出てきます。 『明日香』の連載開始当時は、これは、画期的なことでした。

 当時は、作品中で、女性が戦闘に参加すること自体が、とても珍しい時代でした。女性は、男性によって、一方的に守られるのが当然でした。

 『魔法少女の系譜』シリーズでは、『好き!すき!!魔女先生』や『キューティーハニー』など、戦闘する女性を多く取り上げています。このために、当時から戦闘する女性が多かったように思われるかも知れませんが……そのような作品は、たいへん希少でした。
 だからこそ、わざわざ特筆して、『魔法少女の系譜』シリーズで取り上げています。

 まして、(特定の相手役の)男性を守る女性は、ほとんど前例がありません。
 『魔女先生』や『ハニー』でも、ヒロインが男性を守る場面はあります。けれども、それは、「魔法を使える女性が、魔法を使えない一般人全般を守る」形でした。
 『明日香』では、ヒロインが、特定の相手役(恋愛の相手)男性を守っています。当時の普通の漫画作品における、男女の役割を、逆転しています。

 二〇一六年現在では、魔法少女ものでなくとも、強いヒロインが相手役の男性を守る作品なんて、いくらでもありますよね。
 例えば、『進撃の巨人』では、女性のミカサが、男性主人公のエレン以上に、強い存在として描かれています。ミカサは、積極的に、エレンを守っていますよね。エレンは、それを、うっとうしがっていますけれど(笑)

 『明日香』では、明日香と一也が相思相愛になった時点で、一也にも、一種の超能力が芽生えています。これは、砂神一族の能力と関係します。
 砂神一族の女性が、一族外の男性と相思相愛になると、その男性にも、「シールド」と呼ばれる能力が芽生えるというのですね。「シールド」とは、「盾」の名のとおり、あらゆる攻撃を無効化する能力らしいです。
 明日香と相思相愛にならなければ、この能力は生まれないわけですから、間接的に、明日香が一也を守っているといえます。

 明日香は、漫画作品の中で、「相手役の男性を守る女性」の先駆けです。

 さて、このように、「面白くなる要素」が詰め込まれた『明日香』を、口承文芸の作品と比較してみましょう。

 再三述べていますように、口承文芸の中では、「戦う女性」が、非常に珍しいです。『白蛇伝』の白娘子【はくじょうし】、鈴鹿御前【すずかごぜん】にまつわる一連の伝承など、限られたものしかありません。
 そのうえで、相手役の男性を守る女性となると……奇しくも、白娘子と鈴鹿御前とが、それに当たりますね。

 白娘子は、普通の人間の男性と恋仲になります。その恋路を、法力のある僧侶に邪魔されます。僧侶は、「魔性の者だから」という理由で、白娘子を退治しようとします。
 白娘子は、魔力を使って僧侶と戦い、相手役の男性も守ろうとします。しかし、最後には破れて、男性との仲を引き裂かれ、塔の下に封じ込められてしまいます。

 鈴鹿御前にまつわる伝承は、錯綜していて、互いに矛盾したものも、少なくありません。
 その中の一つでは、鈴鹿御前が、武勇を誇る女盗賊となっています。都から討伐に来た将軍俊宗を相手に、まったく引けを取りません。俊宗は、その凛々しさに惹かれ、ついに二人は夫婦となります。
 妻になってからも、鈴鹿御前の武勇は変わりません。俊宗と共に武力をふるい、鬼神を退治したりします。紆余曲折のすえに、鬼神退治の功が認められて、二人は夫婦として、末永く幸せに暮らします。

 鈴鹿御前のこの物語などは、そのまま現代の漫画になりそうですね。愛する男性と共に戦う鈴鹿御前は、明日香の遠い先祖といえそうです。

 注目すべきは、鈴鹿御前も白娘子も、少なくとも一時的には、悪役であることです。

 白娘子は、最初から最後まで、悪役扱いです。
 「白蛇の精であろうと、相思相愛の仲なら、人間と添い遂げさせてもいいだろう」と、私などは思います。けれども、口承文芸の中では、「魔性の者」という理由だけで、退治される対象なんですね。退治する僧侶の側に、正義があります。

 鈴鹿御前は、少なくとも一時的には、都に逆らう反逆者です。討伐する将軍俊宗のほうに、正義があります。
 鈴鹿御前の伝承で画期的なのは、途中で、鈴鹿御前が正義の側に転換する(伝承もある)ことです。この大転換を考えた伝承者は、すごいですね。中世の日本では、極めて出にくい発想だったと思います。

 口承文芸の中の「戦う女性」を調べてゆくと、「戦う女性」が、悪役にされていることが多いです。例えば、滝夜叉姫【たきやしゃひめ】なども、そうです。
 滝夜叉姫は、平将門の遺児とされる伝説上の女性です。妖術使いで、妖術をもって、父親の復讐を果たそうとします。つまり、天皇の支配する日本という国を滅ぼそうとします。大悪役ですね。

 これは、おそらく、「戦う女性」が、イレギュラーな存在だったからでしょう。悪役とは、イレギュラーなことをする存在ですから、「戦う女性」を出しやすいのだと思います。

 この点から見ると、『明日香』は、現代的な創作物語です。ヒロインの明日香は、戦う女性ですが、徹頭徹尾、正義の味方だからです。
 この点、明日香は、ぶれません。誰かを踏みつけにして金儲けをする芙蓉夫人のような人間を、忌み嫌います。明日香がその超能力をふるって「退治する」のは、芙蓉夫人のような悪人だけです。

 明日香は、とても倫理感の強い人間といえます。事実上、無敵の力があっても、決して、その力を悪用しません。
 もしかしたら、自然界からもらった明日香の超能力は、「悪用できない」という設定があるのかも知れません。

 今回は、ここまでとします。
 次回も、『超少女 明日香』を取り上げる予定です。



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