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Flat drink

一限の概念を作った奴は恐ろしい大バカ者かとんでもない成績優秀者に違いない。何が悲しくて朝9時から眠い目をこすって学校に来なきゃならんのだ。学生だろと言われればそれまでだが、私たちはみな必修の悪魔に脅されている。首元にカマを当てられて抵抗できる人間がはたして何人いる?ある程度学校に慣れてきたころにはもうそのシステムにも慣れている。あきらめという形で。多くが不満だが誰も歯向かえない、それが一限である。
かくいう私も逆らえない一員である。朝7時に家を出て、満員電車に揺られ、あくび混じりにノートを取る。16時半、校門をくぐるころには満身創痍である。すれ違う小学生の声も煽りにしかならない。疲れた体をSNSで癒し電車を降りる。時刻は18時、ちょうどお腹がすいてくる時間だ。ふと駅構内を見渡すと焼き鳥屋が見えた。魔法にかけられたように私の足はそちらに向いていた。
店の前に立つ。もう戻れない。腹をくくると同時に愛用のiPhone11をとりだし母親にlineする。「今日夕飯外で食べるからいらない」
店に入ると可愛くて愛想のよい店員が迎えてくれる。
「いらっしゃいませ~、何名様ですか?」
「ひとりです」
「カウンター席でもよろしいですか?」
「大丈夫ですよ」
席に着く。高校生の頃は大人になりたくないよなんて大人ぶっていたが年を取るのもいいものだ。まだ20そこそこだがそう感じる。
「ご注文はお決まりですか?」
おしぼりが質問する。
「あ~生ビールひとつと鳥皮を塩で二つ、あと唐揚げ一つください。」
先にビールが来た。お通しは小鉢に盛られた刺身。鯛とマグロが一枚ずつ。
「こういうのでいいんだよ。」
何かのマンガで見たセリフを脳内で再生しながら箸を伸ばす。大衆居酒屋ということであまり期待はしていなかったがなかなかどうして、しつこくない脂は醤油のコクとワサビの香りを邪魔しない。そこでビールに口をつける。
欲を言えば肉の脂が良かったがこの際そんなことはどうでもいい。泡の口当たりとはじける炭酸、心地よい苦みが心をあらいながしてくれる。
生まれてきてよかった!そんな大げさなことを考えているとさらに幸運が舞い降りる。
「おまたせしました、鳥皮の塩と唐揚げです。」
祝福のラッパが鳴り響く。トランぺッターが耳元まで来ている。
そこから先の記憶はあまりない。酒を頼んでは食べて、頼んでは食べて、頼み食べ、頼食。
ふとスマホを見ると19:42。これで最後にしようと思い〆のお茶漬けと生ビールを注文する。いつか頼んだ枝豆の残りを口に放りこみながら明日のことを思案する。(明日も2限かぁ、課題とか特にないよな)
お茶漬けが来た。不運にも猫舌なので出汁が厚い。かけるだけかけて冷めるのを待つ間、また余計なことを考えてしまう。(今日の3限の時の右斜め前の子可愛かったけど声かけようかな、やっぱり彼氏いるのかな)
いくら考えても答えは出るはずもない。しかし辞められない。
そんな折にピコンが鳴る。
「いつ帰ってくる?」
母からだ。時計は20:15を指している。その四桁に我に返った。いそいでお茶漬けをかきこみビールを飲み干す。
遅刻は許されない。2限の教授は怖いのだ。
「会計お願いします。」
最後の一杯は炭酸の抜けた味だった。


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