読書記録#5 午後の最後の芝生 村上春樹


登場する音楽と作品

♪ジム・モリソン ライト・マイ・ファイア
♪ポール・マッカートニー ロング・アンド・ワインディング・ロード
✎戦争と平和
♪クリーデンス
♪グランド・ファンク
♪スリー・ドッグ・ナイト ママ・トールド・ミー


上手く言葉にできない。それが村上作品の魅力かもしれない。


 村上春樹さんの小説は、なんだか深い警句みたいな、哲学的な問が多く含まれていると感じます。でもそれに対して自分の言葉を紡ごうとしても、言いたいことがうまく見えてきません。まるで薄いカーテンを引いたみたいに。
 というわけで今回は(今回も、というべきか)まとまりのない感想になってしまいました。でも好きなシーンがたくさんあってとても満足です。

小説とは?


作品の一節に、以下の文章があります。

―――記憶というのは小説に似ている、あるいは小説というのは記憶に似ている。

 記憶から小説が形作られ、また小説から記憶が形作られる。両者は相互に影響しあうから、似ているのかもしれません。

 また、小説を書くことが、「ぐったりした子猫を積み上げる」と表現されています。これはどういうことなんだろう?ぐったりした、という表現はネガティブな印象ですよね。ぐったりした子猫=ネガティブなテーマやトピックを、積み上げる=構成要素にして一つの作品に仕上げる、ということでしょうか。
 関係ないですが、ぐったりとした子猫という表現で「海辺のカフカ」の猫殺しのシーンを思い出して胸がドクッとしました。


主人公の感情表現の少なさ

 
 村上作品の主人公はあまり感情を出しません。でも感情がない訳ではなく、それは主人公の行動や思考の端々に現れています。
 大袈裟感がなく、主人公の存在をリアルに感じさせてくれるという魅力に繋がっていると思います。
 本作品の主人公は、彼女に振られた際、煙草を吸ったり、無意味に鉛筆を折ったりします。でもそれについて「何をすればいいのかよくわからなかっただけだ。」と述べるだけで、彼は自分の感情に非自覚的です。しかし、芝生を刈りながら、彼女の言葉を思い出し、自分の感情に折り合いをつけていきます。

芝を刈る意味


―――金の使いみちがないのなら、これ以上使いみちのない金を稼ぐのも無意味なのだ。

 そう言って主人公は芝刈りのバイトを辞めることにします。芝刈りという行為を辞めることが、彼女との関係を断ち切ることに重ねられています。
 ところで、わたしは何のために芝刈りをしているのか、見失うことが多々あるのですが、主人公は目的がしっかりしているから、行動も明確。そんなところがいいなぁと思います。あなたは何のために芝刈りをしていますか?


―――虫は葉の先端まで行くと、しばらく迷ってから同じ道をあともどりしていった。べつに、とくにがっかりしたようにも見えなかった。

 これはなにかの比喩なのかな〜と思いつつ、思いつかない。だけど、なんとなく心に引っ掛かるシーン。


命を吹き込む天才


 毎回、人物造形の上手さに衝撃を受けます。今回人物として立体的に立ち上がっていたのは、芝刈りの依頼人である女。大柄で無愛想、話し方もぶっきらぼうだけど、どこか親しみを感じる彼女。歩き方や細かい仕草(頷き、タバコの煙を吐くなど)の描写も、愛おしさを感じさせます。
 彼女はとてもお酒に強いのですが、それについて主人公は以下のように考えています。

―――アルコールと競争して勝った人間はいない。自分の鼻が水面の下に隠れてしまうまでいろんなことが気がつかないというだけの話なのだ。

 彼女の水面はどのあたりまできているのでしょうか。またアルコールだけでなく精神的ダメージにも同じことが言えると思います。みなさんも無意識にダメージを追っていることってありませんか。ストレスは抱え込まないように、原因から逃げることが1番ですよ。わたしはまだ逃げれていませんが。
 彼女の娘の部屋は埃が溜まっていましたが、娘は今どうしているのでしょうか?なぜ主人公に娘の人物像を想像させたのでしょうか?疑問が残るシーンでした。

くすっと笑えるシーンがさらりと入っているところが好き


 ゆったりとした心地良い時間の流れ。その中に自然に織り込まれたチャーミングなおかしみが魅力的。例えば以下。

―――「でもあんたの仕事っぷりは気に入ったよ。芝生ってのはこういう風に刈るもんだ。同じ刈るにしても、気持ちってもんがある。気持ちがなかったら、それはただの・・・・・・」、彼女は次のことばを探したが、ことばは出てこなかった。そのかわりげっぷをした。

―――じゃあ同じものを薄くして下さい、と僕は言って彼女のウォッカ・トニックを指さした。〜僕は自分のウォッカ・トニックを一口飲んだ。全然薄くなかった。


その他好きな表現


「世間一般の恋人たちがやっていることを短縮版の映画みたいな感じでばたばたとやっていた」

こりこりと首をまわした。」

こりこりという音をたてて氷をかじった。」

こりこりってなんか良いですよね。他の作品では「こりこり書く」なんて使い方もされています。




おわりに

やっぱり村上春樹さんの小説は良いですね。ビジネス書で荒んだ心が浄化されます。

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