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平飼いたまごを知っていますか?

本章では徳島県で平飼いを経営する旭商事株式会社・代表取締役の山根浩敬様に平飼い養鶏についてお伺いいたしました。


鈴木 山根様の養鶏場では、平飼いをされていらっしゃるのですよね。いつ頃から平飼いを始められたのでしょうか?

山根 当社はで95年から平飼いをしています。その頃ヨーロッパでは既にアニマルウェルフェアが意識されていて、平飼いが浸透していていました。一度イギリス・ドイツ・スイスに視察に行き、当社でも取り組み始めたという経緯です。

鈴木 平飼いの真逆な飼い方がケージ飼いですよね。

山根 そうです。平飼い卵はケージ飼いの卵と比べると価格が割高ですが、取引先の生協様は感度の高い方(組合員)が多くいらっしゃるので、価格が少し割高でもご理解して購入いただいていました。やっぱりお子さんに食べさせる食品がどういうモノかどうかを吟味されていることがそうした購買行動になるのだと思います。ただ全部が全部、平飼い卵として売れるまでには結構時間がかかりました。例えば100製造したうちの50とか60を平飼いで、残りは一般の赤玉として流通せざるを得なかったという時期もありました。製造コストを抑えたり企業努力でなんとかなってきたのがこれまでですが、今は前例がないくらい飼料が高くなってしまっているので、どの事業者も苦しいと思います。

鈴木 地盤にされている四国エリアでは、旭商事様のように平飼いをされている事業者は多いのでしょうか?

山根 平飼いをしているところは非常に少ないです。昨今の飼料価格の高騰で、扱う羽数が少ないとコスト高の影響をモロに受けてしまうので、このタイミングで平飼い、ひいては養鶏事業を止めるという事業者が増えてきています。

鈴木 コスト高が平飼いにはマイナスな影響を与えていますね。

山根 そうです。それだけではなく、生産者の高齢化、人手不足も大いに影響しています。後継者がいないために事業を畳むというところが多いんです。ケージ飼いと比べると、平飼い放し飼いは生産者の側の負担も大きいので、弊社が行っているような土間での平飼いは効率面でいえば、良くないです。

鈴木 効率を追求してケージ飼いを選ぶ事業者が多いなかで、平飼いにこだわる理由はどういったものでしょうか?

山根 効率を追求し始めると、大規模な事業者にはコスト面で勝つことはできません。ケージ飼いの方がコストは安いに決まってます。しかし、弊社は95年から継続しているノウハウもありますし、取引先やお客様にご理解いただけたという背景もあって可能だったということだと思います。「平飼い」という付加価値を付けて商品を差別化するという経営的なメリットもありますし、昨年東京オリンピックが開催されましたが、オリンピック・パラリンピックではロンドン大会以来、食材調達基準が設けられました。(選手村で使用される食材はベース基準としてGAPの導入があり、推奨基準として「オーガニック」となっている。)「食の安全」「トレーサビリティー」「汚染リスクの管理」「環境保全的・倫理的・動物福祉的な基準」「持続可能な生産工程管理を行う生産者からの調達」など、オーガニックでエシカルな視点が求められました。日本も東京オリンピックを契機にグローバルスタンダードに近づくだろうという予測もあり、平飼いへの理解がどんどん進んでいくだろうと考えました。その流れで、オーガニック認証も取得しています。

鈴木 日本でオーガニックや平飼いが広く浸透しない理由としてはどういった理由でしょうか。

山根 手間がかかることですね。畜産の現場は高齢化しているだけでなく、人手が圧倒的に足りません。養豚や酪農も同様です。

鈴木 ネガティブな理由しか聞こえてこないように思いますが、それでもやり続ける姿勢に、強い信念や想いを感じるのですが、どういった想いで続けていらっしゃるのか聞かせていただけませんか。

山根 昨今消費者のみなさんの情報収集能力が向上したので、ウェブサイトやSNSを通じて情報を集め、吟味してモノを購入するようになったと思うんです。健康志向も高まっているので、自分がどういうものを食べてるかっていうのが特に気になる時代でもあると思います。自分が食べているこの商品の出自を知ることが今まで以上に大切になっているなかで、卵に限らず、食べている素材の持つイメージと実際の生産現場には相当な乖離があります。たとえば採卵鶏の場合、狭くて真っ暗なケージの中で飼われているイメージってありますか?多分ないと思うんですよね。なんか広い養鶏場を鶏が飛び回っているイメージとかありませんか。ただ、実際は全然違う。わたしたちは消費者の方がそれを知りたいと思って調べた時、お客様が持っていたイメージに極力近づけたいと思うんです。それが、とても過酷な環境で育った卵だと知ったらガッカリすると思うかもしれないし、罪悪感のようなものを感じてしまう人もいるかもしれない。そういったことを考えて事業を行っています。

鈴木 最近はインフレの影響もあって値上がりしていますが、「卵は物価の優等生」と言われるくらい卵の店頭価格はとても安定したものでした。一方で、卵はスーパーの特売目玉商品にもなるし、とても安いものというイメージが根強いです。平飼い卵など、本来であればその付加価値に対して価格上昇を受け入れなければならない部分もあると思うのですが、このまま安いものとして購入し続けていると、養鶏業者さんも、鶏たちも苦しめられ続ける気がしてなりません。消費者の意識をどのように変えていけば良いのでしょうか。

山根 良くも悪くも鳥インフルエンザが大きく影響してくると思います。発端としては飼料価格が2020年の10月頃と比べて、今は大体170%ほど上昇してしまっています。工業製品であれば工場のラインを停めてしまえということになるけれど、養鶏場では生き物である鶏を急に減らすことなんてできないんですよ。卵を産まないでくれとも言えないし、餌を食べないでいてくれとも言えない。しかし、供給を減らして価格を安定させないと経営が立ち行かなくなってしまうから減羽せざるを得ない。そのように供給を減らしていた最中の22年10月に発生したのが鳥インフルエンザです。全体の15%弱ぐらいが殺処分されてると思うんですけれど、元々の供給が少なかったところに鳥インフルエンザが追い討ちをかけた形です。それが価格上昇の背景だと思います。消費者の皆さんよく考えてほしいのが、結局卵って先ほど言われた通り「価格の優等生」ですし特売の対象なので工業製品みたいに扱われているように思うんです。しかし、卵は畜産物なんだということを今一度思い出して欲しいです。

鈴木 我々消費者は、ともするとその卵がどこから来たかを考えることなく購入してしまっているので、それが生きた鶏が産んだ卵なんだ、畜産物なんだということを意識しなくてはならないんですよね。

山根 鳥インフルエンザで養鶏業者は経済的にとても苦しいし、鶏にとってもアニマルウェルフェア的にも良くない状況が発生してると思うんです。それでも、そもそも卵って畜産物だったっていうことを考えるキッカケとしてもらえるなら、本当は良くないですけど少しは前に進めるかなと思います。

鈴木 鳥インフルで1500万羽が殺処分されましたと報道されますが、一羽一羽に命があったと思うと、それを単なる数字として処理してしまって良いものかと考えてしまいます。

山根 数字には現れてこないところを含めるともっと殺処分されています。だからそこまで命を粗末にしていいものかと思いますよ。

鈴木 わたしたち一般消費者は、そういったある意味残酷な面とかを養鶏業者の方々に完全に任せっきりにしてしまっています。美味しい卵だけを食べるという幸せを享受しながら、鳥インフルで苦しい事情とか、鶏を殺さないといけないこととか辛い事実は見ないようにしてしまっている。その現場と食卓の不均衡のような状態は、今後も継続的に美味しい卵を食べていくためにも改善して行かなければならないと思いました。

山根 最近は、外資系企業を中心に自社の調達基準を設けているところも増えてきていて、平飼いの卵しか購入しないという姿勢を打ち出している企業が増えてきています。彼らがそうしたことを広めていくことで、消費者も「平飼いってなんだろう?」と思ってくれる人が少しでも増えてくれればと思います。ただ、平飼いと一口に言っても、実態はグラデーションがあります。弊社のように平らな地面(土間など)で飼育する事業者もあれば、エイビアリーと呼ばれる多段的な飼育法もあります。どのような環境で飼育された卵なのかが可視化され、それを消費者が選択できるのが望ましいと思います。

鈴木 真面目に取り組んでいる事業者が損をしないように、制度面からもしっかりサポートしていって欲しいですね。山根様の「卵は工業製品ではない」「卵は生き物が産んだものである」という言葉がとても印象的でした。肉や魚など、わたしたちはスーパーマーケットなど加工された状態のものしか見ることがないので、それがどういう過程を経て食卓に届いたのかについては、調べて想像して考えて見ないと分かりません。食品は、自分たちが口から摂取して身体に入れるものなので、どういった商品を購入しているのか真剣に考えていく必要があると思いました。本日はありがとうございました。

旭商事株式会社・代表取締役 山根浩敬様(聞き手:鈴木)

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