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登園日記#29 万里の庭

この間まで保育園に行っていた長男が幼稚園のプレクラスに移動になった。
登園時間が早まるだけでなく、登園方法や着いてからの過ごし方まで、いろいろなことが変わったようだ。

実は先日、保育園最後の日を、先生方に祝ってもらった。
コロナで延び延びになっていた誕生日会を急遽やり、長男が大好きな「お当番」をやらせてくれるなど、みんなで長男のための日を作ってくれたらしい。

最後には、先生方が丹精込めて作った、写真入りのメッセージカードを受け取って、長男は楽しそうに帰ってきた。

メッセージカードには、「物知りで、おしゃべりで、お礼をしっかり言える、優しい子」という評価がいろんな先生から記され、友達と楽しそうに過ごす、僕らの知らない長男の写真が貼られていた。


長男は、0歳の終わりから保育園に入っている。最初は訳もわからず、ただ親を恋しがり、部屋中を探し回り、最終的にトイレの便器の中を覗き込んで親の姿を求めていた。


その後もしばらくは、お見送りを嫌がっていた。ウキウキと保育園に行くようになってからも、お迎えに行くと、誰よりも大きな大きな声で喜び、力いっぱいのダッシュでこっちにかけてきた。

長男は繊細なところもあり、つい感情が昂ることもあった。正義感が強いため、融通が効かないこともあった。彼の繊細さは、時にそういう彼自身を許せない、という、およそ幼児らしくない感情をもたらすこともあるようで、そうした子にとって、集団が集団のルールで動く前提の保育園は楽しいことばかりではなかったのかもしれない。

けれど長男はそうした中で、精一杯日々を過ごし、やり遂げた。そして、息もつかず、新しいステージに進んでいく。

彼からすればこんなこと、変化のうちではないのかもしれない。日々新しいことを吸収するのが当たり前の幼児にとっては、変化は日常なのだ、ということかもしれない。

いや、それでも。ぼくは彼が一生懸命その変化の日々を越え、新しい変化の日々を、笑顔で過ごしていることに感謝と尊敬を抑えられない。

幼稚園の大きな大きな園庭を、自分の荷物を自分で持って、よいしょよいしょと漕ぎ出していく長男を見た。保育園の時は、先生がすぐ近くまで迎えにきてくれてたし、屋内でお見送りだったのに。

目頭が熱くなり、ずっとみていたい衝動に駆られたが、私の勤務時間も迫り、このままでは幼稚園を涙目でじっと見つめるアレなおじさんとして通報される可能性も出てきたので、退散。

でも、会社に向かう電車の中で、ぼくはずっとこの気持ちを反芻している。頑張ったね、ありがとう、これからも一緒に頑張ろうね。おめでとう、長男。


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