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嗚呼なんて面倒な幽霊屋敷:序

あらすじ

 工藤は友人であり作家の神崎のネタ集めに付き合い、今は使われていない廃墟にやってきた。神崎と別れて行動していた工藤は、大きな音を聞いて神崎のもとに駆け付ける。声をかけると、神崎は工藤に「お前名前は?」と尋ねてきた――
 ここで一度話は神崎の執筆した「嗚呼なんて面倒な幽霊屋敷」本編に移る。物語の中で、瑞希、将人、ゆりの三人は、肝試しをしようと近所の幽霊屋敷に向かい、地下室を発見した。「一人ずつ屋敷にあったものを適当に持って、地下の部屋に集合しよう」と意気込んで肝試しを開始したものの、もう一度顔を合わせた時には互いの中身が入れ替わっていた!最終的に元に戻る方法が分かったように思えたのだが……

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「馬鹿な奴。」

倒れていた青年が目を覚まし、のっそりと起き上がって最初に発した言葉。それは自分に向けたものにしては、随分と嘲笑を含んだ声だった。

ぐー。ぱー。

暫し黙って自分の掌を開けたり閉じたりしたあと、彼はよいしょ、と立ち上がる。

「神崎ぃ?なんか今すげぇ音したけど、大丈夫かよ。」
「あー……」

声と共に聞こえる足音に、倒れていた青年―神崎と呼ばれた青年は、ちょっと困ったように頭をかく。

「あぁここに居たのか。もう戻ろうぜ。」
「なぁ、お前名前は?」
「は?」

何言ってんだ、と部屋の入口に立ったもう1人の青年が眉を寄せた。誰も住んでいない廃墟に電気など通っておらず、ただ青年が持つ懐中電灯だけが神崎のことを照らしている。黙って青年を見る神崎の表情は読み取れない。

「ま、いーや。こっち来いよ。ちょっと話してから帰ろうぜ。」
「なん、だよ。どうした?」
「別に。ほらこの椅子使えんだろ。ふは、すっげぇ埃。」

困惑する青年を他所に、神崎は床に転がっていた椅子を二つ、強度を確認するように腕で押しながら並べた。座れよ、と促されて青年は恐る恐る腰を掛ける。長年の友人がまるで知らない奴みたいに見えることに、青年は怯えた。

「取って食うわけじゃねぇって。ビビんなよ。」

つうか話し方合ってる?と肩を竦めた神崎に、合ってる、って……と青年は二、三度瞬きをした。

「いつも通り、じゃねぇの。」
「ならいいんだけどよ。嫌だろ、知っている顔から知らない話し方が出てくるの。」
「口調以外何一つ合ってねぇけど。」
「はは、そりゃそうだ。」

おざなりに置いた二つの懐中電灯は、机の上で見当違いな方向を照らす。先ほどまでは気にしていなかったが、机の隅に薄汚れた人形が置いてあるのが分かった。人形に阻まれた光はたいして働かず、ぼんやりと相手のシルエットが分かる程度。顔は相変わらず見えない。まるで、知らない誰かと顔を合わせているみたいな。

「で、名前。教えて。」
「……工藤、良平。」
「俺、何て呼んでた?」
「工藤。」
「そうか。」
「あと、」

普通だったら、からかうなと叫んだかもしれないし、笑ったかもしれない。でも、あまりにも非日常の空気が色濃い廃墟のせいで、工藤はずいぶん従順に話した。この、友人の面を被った何かに。

「お前は、俺って言わねぇだろ。」

僕、だな。乾いた口から掠れた声を吐き出せば、悪い、と目の前のそいつが笑う。

「僕らはここに何しに来た?やっぱ肝試しか?」
「……お前の、小説のネタ探し。」
「へぇ。僕、小説家なの。」
「そう。」

そりゃいいや、と神崎は肩を揺らす。

「ま、何。ちょっとした質問っていうの。聞いてみたいことがあんのよ。だから取り敢えず、いい暇つぶしと思って俺の話を聞いてくれ。」

こんなところについて来るんだ、お前は暇なんだろ。提案の形をした押し付けに、工藤はしぶしぶ首を縦に振った。

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