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嗚呼なんて面倒な幽霊屋敷:5.

5.

例の小部屋に入って、テーブルの上に座る人形を確認する。私の記憶が正しければ、入りたての人間が人形の中で意識を持つことはないだろう。周りの音を拾うまでに、しばらくかかったような気がする。

「何も聞いてないよね、将人さん。」

じっと人形の顔を覗き込んでから、部屋を出て隣の部屋に身を隠した。少しすると、足音が近づき、ドアの開く音がする。続いて人が倒れる音がした。息をひそめて待つ。

「ん……あ、あれ?どこだよ、ここ……」

呻き声が聞こえたと同時に、私は隣の部屋に移動した。

「ああ、いたいた。」
「ゆりか?どうしたんだ?」

声で私を判別したらしい将人さんが、声を上げた。良かった、と安堵の笑みを顔に張り付けて、彼に一歩近づく。懐中電灯が彼の顔に当たらないように気を付けて、手を差し伸べた。ついでに床に転がっていた彼の懐中電灯を、気が付かれないよう部屋の隅まで蹴飛ばす。

「遅いから様子見に来たの。そっちこそどうしたの?」
「ああ、すまん。俺、なんかここで倒れてたみたいで。」
「倒れてた、ってそれ結構ヤバくない?大丈夫なの?」
「まあ、とりあえず。もう瑞希とは合流したのか?広い部屋、だったよな。」
「うん。あっちあっち。」

手を引いたまま、部屋の外に連れ出す。懐中電灯を消して、あれ、電池切れたかな、と呟けば、彼はすんなりその嘘を信じた。

「暗くてなんも見えねぇぞ。」
「まあすぐそこだし。」

ほら、と彼の腕を引く。彼がバランスを崩してたたらを踏んだ瞬間、懐中電灯をつけて場所を確認した。我ながらばっちりな位置取り。背中を思いきり押せば、地下二階への階段を彼は思いきり転がり落ちていった。

「あー、間違えちゃった、そこは階段。将人生きてる?」

返事はない。死んでなきゃいいんだけど、と思いながら踵を返して、先ほどの部屋に戻ろうと廊下を歩く。向こうから近づいてくる光に、思ったより早く来たな、とちょっと顔をしかめた。

「あれ?将人?なんでここに?」
「ん、ああ。最後にこの体が触んねぇと終わらないだろ?」

ほら。ちゃっちゃと帰ろうぜ。そう言って私が小部屋に入れば、瑞希さんの恰好のゆりさんは黙って私の後ろをついてきた。ちらりと人形を確認した後、彼女は引き攣った笑顔で私から距離を取る。

「そー、だよね。失敗したら、奢ってくれんだっけ。」
「まぁだ言ってんのかよ。好きにしろっつったろ。」

お互い、じっと見つめ合う。余計な事考えずに触ってくれればいいだけなのに。

「なんかさぁ……変だとは思ったんだよ、いろいろ。大体、私の知ってる将人君は天変地異でも起こらない限り奢るなんて言うはずもないし。」
「ひでぇ言いようだな。」
「で?何で最初に自分の体に戻ったはずの将人がここにいんの。」

気が付いちゃったかぁ、と肩を竦めた私を、ゆりさんがぎろりと睨みつける。三人そろって触ったりしなきゃ、こんな面倒なことしなくて良かったのに、上手くいかないもんだね。

あー、ちょぉっと無茶だった?と打って変わって高い声で話しかければ、彼女の方がびくりと震えた。

「あんたは一体、」
「さて!問題です。」

彼女の言葉を遮るように声をあげれば、怪訝そうな顔をして彼女がまた一歩後ろに下がった。あは、そんなに警戒しなくてもいいのに。

「想像してみて。四つの箱と三つのボール。一つの箱に一個ずつボールを入れたとすると、四つの箱すべて使える?」

歌うように問いかければ、彼女には質問の真意が伝わらなかったらしい。

「無理に決まってんでしょ。何の話?」

警戒を崩さずに答えを返す様子に、また笑いが漏れる。それは分かるのにね、同じくらい簡単な話に気が付かなかったお馬鹿さん。

「そう、無理なの。」

同じことよ、と笑う私から目を逸らさない。逃げ出さない勇気は褒めてあげようかしら、ああ、逃げるべきだと気が付いていないだけかもね。

「四つの箱には四つのボールが必要なの。貴方達三人、そしてその人形。空っぽな箱がなかったのはなぜでしょうね。」
「空っぽな、箱?」
「ねぇ、ゆりさん。あなたは今から人形の中にいる瑞希さんと入れ替わる。そうでしょ。今、人形の中にはちゃんと中身がある。じゃあなぜここに「空っぽな箱」がないの?」

あぁ、その目を見開いて怯えた顔。ごめんね、お馬鹿さん。こんなところに来なきゃ良かったのよ、私も貴方もね。

「言ってることが、分からないんだけど。」
「何言ってんの?ちょっと考えれば分かるっしょ、ちょーウケるんだけど!」

自分の顔から発された、自分と同じ話し方に彼女の顔が大きく歪む。

「最初に人形を触ったゆりは、何と入れ替わったんだろうな?最後に行った俺と入れ替われるなんてこと、出来ると思うか?」

さっきまでさんざん披露した将人さんの真似をすれば、彼女はつまり、と案外落ち着いた声を出した。

「私達がさっきの部屋にいた間、ずっと将人は人形の中にいたっってことね。最初に私と入れ替わったあんたは、部屋を出た後人形に触らずに、次に来た瑞希に触らせた。で、今ここにいるのは瑞希。」
「あらご名答。」
「将人は?あんた、元に戻ったあいつの事、どうしたの。」

友人の心配をする余裕に思わず笑ってしまう。いい子ね、笑えてくるほどに。

「将人さんなら下の階にいると思うわよ。でも、彼に会いに行ったとしてそれでどうするのかしら。」
「どう、って。」
「彼に助けを求める?なんて言うの?」

だって彼は入れ替わりの話知らないのよ、と笑えば、ゆりさんはそれが何、と固い声で答える。それが何、ですって。見てもいないのに、こんなこと信じる人なんていないわよ。質の悪い冗談にしか聞こえない、そうでしょう?

「私の体が人形に乗っ取られた、とでも言ってみなさいよ。忘れているかもしれないけど、貴方は今瑞希さんの見た目なのよ。」

彼女のほうへ距離を詰める。こちらを見て固まっているその顔を掴んで、彼女の声で、話し方で、その目を覗き込んだ。

「焦って混乱してるあんたと、それを必死になだめてみせる私を見たら将人はなんて思うだろうね?瑞希、がおかしくなったって思われるのが関の山。違う?」

彼女が私の腕をはらう。手負いの獣みたいな目に、また笑いが漏れた。諦めてしまえば楽なのに!

「あんたが、触ればいいんでしょ?あんたに人形を触らせればっ!」
「その通り!貴方がこのふざけた話を終わらせる方法は二つ。貴方が触るか、私に触らせるか。」

芝居がかった動きで人形を指し示す。彼女は私から目を逸らさない。

「私が触れば忌々しい私は人形の中に。残るのは一生入れ替わったままの貴方と瑞希さん。」
「そのほうが、誰かここに残るより、ずっと、」
「ずっとまし?本当に?この後どうするの?」

彼女は何か言おうと口を開いて、結局空気を吐き出しただけで黙り込んだ。きっと彼女自身が頭の中で考えたであろうことを、一つ一つ言葉にしてみせる。

「誰が信じてくれるかしら。それとも互いのふりをして一生過ごす?それってすごく窮屈ね。」

殺意に満ちた目には、確かに諦めの色があった。良いこと教えてあげる、と笑えば、また彼女が一歩後ろに下がる。

「貴方が触れば、瑞希さんは元通り。彼女は何も知らないまま、帰ることが出来る。貴方が人形に閉じ込められてしまえば、貴方と私以外、全部元通り。」

彼女の手を引いて、テーブルの前に立たせる。逃げることもせずに、彼女はただ黙って人形を見つめた。

「選びなさい。今から部屋を出て将人さんに助けを求めてみる?瑞希さんのふりをして将人さんに会いに行って、一生罪悪感と共に生きる?瑞希さんがどう思うかなんて知らないけど、私に人形を触らせてみる?それとも、貴方の手で全部終わりにする?」

揺れる彼女の目を見る。選択肢があるだけましなのかしら。それとも、私みたいに全部終わってから気が付くほうが?まぁ、どうでもいいか。結果は同じなのだから。彼女が何を選んだって、私は絶対にここから出る。それでいいのよ。

「どうしたの?友達を助けてあげないの?っふふ、無理でしょうね。他人のために自分の自由なんて捨てられないんじゃない?」
「違う。」

こっちを睨んだ目に思わずたじろいだ。ここまで脅しても、この場から逃げ出さないのは何故?逃げ出してしまうのが一番楽なのに、どうせ触る勇気なんてないくせに!

「じゃあ触りなさいよ!どうせ貴方だって自分が一番かわいいんでしょう!」
「そうだよ!……だから、だから私は、逃げる。」

まっすぐ私を睨んだ後、彼女が人形に手をのばした。触れたと同時にそのまま床に倒れた彼女の事を、思わず黙って見つめる。

ああ、そう。それが貴方の逃げなのね。

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