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嗚呼なんて面倒な幽霊屋敷:2.

2.

「やっぱり帰ろうぜ……無理だよこんなん……」
「一番乗り気だったろうが、この腰抜け。」
「瑞希だって声震えてんじゃねぇか。」

きしむドアを開ければ、真後ろで二人がぎゃいぎゃいと喚く。すぐ喧嘩すんだから。というか、さんざ言っているけど先頭を当たり前のように私に押し付けた時点でどんぐりの背比べなんだよなぁ。

「じゃ、帰る?」
「「まさか!」」

食い気味の返事に思わず体が仰け反った。典型的な売られた喧嘩は倍額支払って買うタイプの二人は、ここまで来たら引き下がれない質なんだろう。のしをつけてお返しするタイプの私とは大違いだ。こいつらそのうち変な詐欺引っかかりそうだな。

「見栄っ張りだな……じゃあ、こっからどうする?肝試しって言っても、全員で回るの?」
「そうやな、三人で!」

半ば食い気味に頷いた瑞希に、そこは見栄を張らなくていいんかい、って思わずジト目を向ける。ちょっとした意地悪のつもりで、

「一人ずつのほうが肝試しっぽくない?」

と提案すれば、分かりやすく瑞希の目が泳いだ。

「オ、オーライ。」
「うん、いいな。一人ずつ行こう。」

ちょっと遊びすぎたかなと思ったけれど、さすが言い出しっぺ、将人が乗り気だったのでいいことにして屋敷の奥に足を踏み出した。そもそも一人ずつとして、どうやって回るべきだろう。

「そもそも、これ何階建てだろ。外から見た時は……あれ?」

ふと、視界の隅に暗闇を見た。割れた窓と破れたカーテンは日光を遮る役目を放棄していて、一階部分のここは思ったよりも明るい。そんな中、二階に上がれそうな階段の横にぽっかり居座る黒はかなり目を引いて、思わず近寄る。

「ねぇ、ここ地下があるんじゃない?」
「地下!?ほんまに?」
「おおー、地下室ある家とか初めて見たぜ!」

暗闇はよく見れば下へ伸びた階段だった。鞄から懐中電灯を引っ張り出して照らしてみるけれど、案外長いらしい階段の先は見えず光は闇に飲まれてしまう。

「Very blackやなぁ。」
「BlackにVeryって使えんの?」
「細かいことは気にしちゃいかんばい。」
「まぁ瑞希に英語力求めても無駄か。」

瑞希の英語は英語とか和製英語じゃなくて瑞希語録だからね、と私が鼻を鳴らせば、ん?と将人が瑞希を見る。

「じゃあ何力ならあるんだ?」
「ちょ、失礼やな、おらにだって、ほら、ほら……」

答えに詰まって、分かりやすく座り込んでいじける瑞希に思わず吹き出した。将人には一切悪気がないのがまた面白い。容赦ないねぇ、まったく。

「そんなことより、せっかくだしここ降りてみる?結構暗いけど。」
「肝試し感はあるな。」
「お、将人は乗ってきたね。」
「怖さが麻痺してきた。」

楽しさが勝ってきた、と笑顔で頷いた言い出しっぺに、座っていた瑞希がガバリと起き上がって裏切り者!と叫ぶ。おいおい、もうそれ怖いって認めてるよね?相手をしても仕方ないので、ビビる瑞希をよそに将人と相談して、

地下に一人ずつ降りる
何か一つ、地下で見つけた物を取る
集合場所は全部屋を回り、地下で一番広い部屋と思った部屋

という三つのルールを決める。即席にしては肝試しらしいものが出来たし、十分でしょ。

「ぅえ!?おおお、降りるの!?こんな暗い所に!?あかんあかんあかん、」
「お前、まさかビビって、」
「No way!」
「ご、ごめんなさい。」

ルールを聞いて喚き散らかす瑞希を将人がおちょくるが、結局圧に負けて降参する。将人も勝てた試しがないのによくやるよ。

「瑞希マジビビりだよね。」

わざと馬鹿にするように言えば、分かりやすく挑発に乗った彼女がギュンとこっちを振り返った。

「はぁ!?」
「人は図星指されると怒るんだよー。んで……誰から行く?」

地下への階段を指さして訊ねれば、二人は途端に黙り込んだ。しばし、沈黙。ほら、結局こうなるんだから。

「二人とも、ビビって、」
「「びびってねぇ! 」」
「見栄張るなぁ。じゃあ行きなよ。」
「いや、ほら、なんか唐突にお腹がいたいなーなんて。」
「一番はほら、ゆりに譲っちゃるけぇ、おらは別にー。」

両サイドからぎゃーぎゃーと言い訳を並べる二人をうるせぇ!と叫んで黙らせて、私から行くよ、と肩を竦める。打って変わってにっこり笑った二人が、やれ別に怖い訳じゃないけどな、やれ一番乗りは嫌なだけじゃけん、と調子の良いことを騒ぐ。

「そーゆーことにしとくよ。じゃあ次の人は?」
「じゃあ俺が。」
「は?おら最後まで残りたくねぇ!怖いから!」
「瑞希、怖いって言っちゃってるよ。」

はっ!と口を塞ぐ瑞希の動きに笑いを押し殺そうとして、思わず変な声が出る。ホント、隙あらば笑わせてくるんだから。

「じゃあ、じゃんけんで勝ったほうが二番目な。」
「ホープスポット!」
「なんて?」
「ホープ、スポット。望む所だ!」
「あぁ……それを言うならBring it onとかでしょ。」

頼むから適当に直訳するなよ。呆れた私の小言を右から左に受け流して、瑞希はなぜか準備体操を始める。じゃんけんって知ってる?タイマンの同義語ではないよ?

「「さーいしょはぐー、」」
「あっ!織田信長!」

突然将人の後ろを指さして瑞希が叫んだ。何言ってんだこいつ。

「えっ?」
「じゃんけんぽん!」

素直に振り返った将人が、慌ててグーを出した。瑞希は勿論パー。

「ふははは!人間とっさに出るのはグーなのだよ!」
「卑怯者め……」

不意を突こうとして出てくるのが織田信長って何。思わず頭を抱えながら聞けば、けろっとした顔でUFOだとありきたり過ぎてひっかからんやん、と瑞希が言うもんだから頭が痛くなってきた。いやほんと何言ってんだこいつ。そしてなんで引っかかるんだ、将人。

「他にもっとなかったの?」
「徳川家康?」
「なぜそこまで天下を取りたがる?」

意外性だよ、と笑う瑞希の頭を一発叩いてから、まだ負けたことにめそめそしている将人の頭もついでに叩く。

「じゃあ私もう行くから。十分位したら、瑞希が下りてきてね。」

懐中電灯をつけて、階段に足を踏み出す。ギシ、と嫌な音がしたけれど腐り落ちていることはなさそう。床が抜けたらシャレにならないな、と思いながら暗闇の中に進んでいった。

中は思った以上に暗い。というか、意外と部屋多くね?あー、十分と言わず、もう少し時間開けても良かったかな。それにしても埃っぽ、痛、なんかぶつけた!物が多いな!いらいらしながら部屋を一つ一つ見て回る。小部屋のようなところが多くて、あまり広い部屋はなさそうだった。ほら、この部屋なんか特に狭いし……ん、なにこれ。

部屋には隅のほうに椅子が転がっている以外、真ん中にテーブルが置いてあるだけだった。そのテーブルの上に、薄汚れた人形が置いてある。場所が場所だからか、いやに気味悪く見えた。あぁ、ちょうどいいや。あの二人怖がりそうだし、この人形持っていこう。ひょいと手をのばしてそれに触れた瞬間、視界がぐるんと歪んで暗転した。

気に入って頂けたらサポートおねがいします 美味しいものを食ってまた何か書いてお渡しします、永久機関ってわけです……違うか