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嗚呼なんて面倒な幽霊屋敷:1.

1.

(以下、神崎誠『嗚呼なんて面倒な幽霊屋敷』P183から引用)

「また将人だけ遅刻かぁ。なんか連絡あった?」

スマートフォンの時計を見て呆れたように声を上げた私に、瑞希がガサゴソと鞄を漁り始める。相変わらず鞄の中がぐちゃぐちゃらしい。あんたね、スマートフォンを引っ張り出すのになんでそんなにかかるのよ。

「Not音沙汰!」
「なんて?」
「音沙汰なし。」
「あ、はい。」

いちいち瑞希語録に突っ込むだけ時間の無駄なのは分かっている。だてに長い付き合いじゃないしね。腐れ縁っていうか、気が付いたらだらだらと続いていた瑞希と将人との付き合いは、気が合う要素なんて見当たらない割には気楽で好きだ。将人は唐突に阿保みたいな事考えるし、遅刻魔だし、瑞希はなんつーか……ずっとこんな調子なのが玉に瑕だけど。あ、待てよ前言撤回、他にもついていけないことは多いし玉に瑕なんてレベルではないかも。

「いっそ電話してみよか?」

いつもの似非関西訛りで言いながら、私の目の前でスマートフォンを振る瑞希の手をはらう。動きがいちいち煩いっつーの。

「そうして。あいつ隣の駅とか行っちゃってそうだから、ったく、言い出しっぺが来ないってどういうことよ。」

わざとらしく肩を竦めれば瑞希がケラケラ笑う。正直想定内過ぎて、私も瑞希も怒る気にならないんだよね。一歩家を出れば忘れ物を思い出し、ちょっと焦れば道に迷う友人が時間通りに来たら、むしろ本気で明日槍が降る心配をするわって感じ。

「あ、もずもず?……What?迷子?またかいな!後どんくらいで着くん?……知るかそんなん!」

電話口で吼えた瑞希に思わず吹き出す。

「何、将人やっぱ迷子?」
「おん、今どこにいるか分からんって。」
「あいつ、いつも五分の道三十分かかるからね。貸して。」

瑞希から半ば奪いとるようにスマートフォンを受けとる。擬音が多過ぎる瑞希に道案内させると、三十分どころか所要時間が一時間に化けかねない。バーッて行ってギュンって何。

「もしもし?今代わったけど。今そっから何が見えるの?」
『セブンとすき家だな。』
「え?めっちゃ近くない?」

セブンとすき家ならここからも見えんだけど、とあたりを見まわしてみる。将人らしい人影は見当たらないな。

「なんや、もうこの辺来てるんか。」
「うん、瑞希、手でも振ってて。」

受話器から口離して瑞希に指示すれば、なぜか視界の端で瑞希が踊り出す。いや、まぁ目立つけども。目立つけどね、それは悪目立ちって言うんだよ、知ってた?三、四歩瑞希から距離を取って、もう一度電話に戻る。

「私達見えるでしょ。」
『んー?分かんねぇな。』
「変な踊りしてる人見えない?」
『ガストしか見えない。』
「え?あんた通り過ぎてるよそれ。戻ってきて。」

電話を切って勢い良く振り返る。サタデーナイトフィーバーばりのポーズを決めていた瑞希の頭を思いきり叩いた。

「瑞希!やめなさい恥ずかしいから!」
「手ぇ振ってろってゆうたやん。」
「誰も踊れとは言ってない。」

瑞希にスマホ渡しながらもう一度小突けば、さして反省してなさそうに彼女がへらへら笑う。思わずつられて上がりかけた口角を引き締めた。いけない、すぐ調子乗るんだからこいつは。

「将人、駅は間違えなかったみたいだから。まぁ、とりあえず会えるっしょ。」
「ほんまか?隣の駅のガスト行ってもうてるのかも。」
「屋敷探したのはあいつだし、さすがにないと思いたいけど。」

せやな、と肩を揺らして瑞希がスマートフォンを鞄に戻す。しばらくぼーっと周りを見ているうちに、将人を探すのに飽きたのか、彼女がそれにしてもと声を上げた。

「この年になってよくやるけんね、レバートライやろ?」
「おい、」
「なんて?」
「レバートライ、肝試し、や。」

ぴんと来ずに聞き返したけれど、返答もイマイチ要領を得ない。いやなんだよレバートライって。ちょいちょい瑞希語録って難易度高いんだよね。

「おいって、」
「ごめんつながらない。」
「だから、レバーが肝でトライが試す、」
「おーい!」

さっきからなんかうるさいな、と思っていた声がすぐ後ろで叫んだ。ホントは誰かなんてとっくに気が付いていたけれど、瑞希と一瞬目配せして同時に振り返る。

「「通行人は黙ってろ! 」」
「俺だよ!」

案の定目を吊り上げた将人がそこにいたので、わざとらしく上から下まで目線を滑らせ、ああ、今気が付いた、という顔を作った。

「将人。あんたいつの間にいたの?」
「さっきからいたけど!?」

あまりいじりすぎてもかわいそうなので、なんてね、と彼の肩をたたく。いじればいじるだけ手本みたいなリアクションを返してくるのが面白くて、遅刻されるたびにこのやり取りをしている。毎回律儀にリアクションを取る将人君は、もしかしたら私達が本気で彼に気が付いていないと思っているのかも知れない。だとしたら面白過ぎない?

「なんか納得いかないんだよな。」
「え?何?アイス?」
「奢らねぇよ!」

まだ何も言ってないし、と瑞希が手を叩いて笑う。将人はお前らのアイス、はアイス奢れと同義だろ、と口の端を片方だけ吊り上げた。

「じゃあ将人君遅れたお詫びにアイス奢ってくれるん?」
「いえーい、ごちになりまーす。」
「奢らねぇって!何がじゃあ、だよ!」

形式美を済ませてから、目的地に向かって歩き出す。

「ったく、遅れたのは謝るから。」
「ごめんで済んだら警察はいらんで。」
「ひどくない?」

道中も私の後ろでずっと漫才みたいな会話をする二人に、目的忘れてない?と揶揄うように声をかける。途端に二人そろって目を泳がせるから、私は腕を組んだ。さてはビビってんな。

「はいはい、今更無理とか言わないでよ?今日の目的地はー?」
「カラオケ!」
「逃げるな!」
「あの夕日に向かって!」
「走りません!」

打ち合わせしたんか、君たち。将人と瑞希で交互にテンポよく答えるものだから、呆れればいいのか笑えばいいのか。ていうか今昼だし。あのねぇと声を上げようとした矢先、将人が満面の笑みで、

「ボスニアヘルツェゴビナ!」

なんて叫んだので、思わず立ち止まって振り返る。もう全力で突っ込んでしまうのは長年の習慣なのだ、悲しいことに。

「ってどこ!」
「バルカン半島だよ。ちなみに首都はサラエヴォ。」
「ボスニアヘルツェゴビナ連合とスルプスカ共和国の連邦国家やで。」
「三角形の国土を持っていて、」
「クロアチア、セルビア、モンテネグロと接しているんや。」

お前らはウィキペディアか?原稿でも読み上げるようにスラスラという二人に、思わず半眼になったのは許してほしい。なんでこういう時だけ息が合うのかね。

「なんで知ってんの……」
「昨日ネタ合わせを。」
「そんなくっだらないところでのみ息を合わせるなっつーの!」

ボスニアヘルツェゴビナの方に謝れ!と叫べば二人が揃って笑う。相変わらずキレキレだねぇと肩を叩いた将人の手をはらった。褒められてる気がしないわ。ていうか誰のせいでこんなに突っ込みが染みついたと思ってんだか。

「幽霊屋敷に肝試しに行こうっつったのあんたでしょうが。」
「いざ行くとなると怖くならないか?」
「え?何?アイス?」
「奢らねぇよ!つうか脈絡!」

ぎゃーぎゃー騒いでいるうちに、瑞希があ、と声を上げて正面を指さす。

「あれでねぇか?」

彼女の指の先。目線を滑らせれば、映画セットでも見ないような古びた洋館が目に入る。誰の所有かも分からず、解体するにも金がかかるからと打ち捨てられた無人の館が、陰鬱な雰囲気を背負って立っていた。

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