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嗚呼なんて面倒な幽霊屋敷:6.

6.

「ほら、起きて瑞希!」

倒れたままの瑞希の肩を思いきり揺する。へぐぉあ、みたいな言語化不可能な叫びをあげて瑞希が飛び起きた。勢いに思わず後退りする。

「なんじゃ!?地震!?」
「雷?」
「火事、親父!」
「お、正解!」

笑いながら手を叩いて、瑞希の体を懐中電灯で照らしてやる。自分の体を上から下に確認した瑞希が、ほっと息を吐いた。

「ちゃーんともどっちゅうな!」
「無事人形から出てこられて何よりだね。」

ふと、瑞希がこっちを見て瞬きした。

「あれ?将人?それともゆりか?」

バカみたいな質問に、思わず吹き出してしまう。将人の話聞いてた?あんたが一番最後だっつーの。

「ゆりに戻ってるに決まってんでしょ。」

将人待ってるだろうし早く上戻ろう、と言って部屋を出た。元気に返事をして後ろをついてくる彼女の懐中電灯が、私の持っている懐中電灯の明かりと並んで前を照らす。

「将人ー?」

階段を上って一階を覗いても、将人が見当たらない。

「あいつこんなところでも迷ったんか。しょうがない奴だのー。」

呆れたように笑う瑞希が、また階段を下りる。追いかけて地下に降りた後、あれ、とあたかも今気が付きました、というように私は声を上げた。

「すご、地下二階もある!」
「ほんまに?さすがに下りてることはないと思うけんど。」

だよねぇ、と言いながら下を照らして少し進む。案の定転がっていた人影を見て、私は彼の名前を叫んだ。

「え、ちょ、将人!?」
「うぉぁ!?おま、どこで寝とるんじゃ!」
「寝てるわけないでしょ!ちょっと、大丈夫?」
「生きとるんかいのぉ?」
「怖いこと言わないで、もー、頭とか打ってないよね!?」

近づいて肩を叩けば、一つ唸って彼が体を起こした。いてぇ、と叫んだ様子に、元気そうだと安堵の息を吐く。良かった、死んでなくて。

「あのねぇ、入れ替わりの挙句死人が出るとか笑えないから。何?足でも滑らせた?」
「ん?入れ替わり?」
「え、うん。入れ替わり。」
「なんだ、それ。」

きょとんとした顔で首を傾げた彼に、は?と私と瑞希の声が被る。

「ほんっまに何にも覚えとらんの?」
「何の話だ?」
「まぁ、とりあえず外に出よっか。」

どこまで覚えてるの、地下に降りて一人で部屋回ってたところまで、え、じゃあ合流したのは、覚えてないな。ぎゃいぎゃい騒ぎながら屋敷の外に出て、壊れた扉を閉める。ばたんと閉まった音が、いやに大きく反響した。歩きながら起きたことを懇切丁寧に説明する瑞希の横で、将人は信用しきれない、という顔で首をひねる。ま、にわかには信じがたい出来事ではあるよね。

「頭打って記憶喪失ってほんまに起こるんやな。あんなにShockingな事忘れるなんて、すごかと。」
「覚えてないんだからしょうがないだろ。」
「でも将人の提案した方法で成功したんだけどね。」
「いやぁ、成功してもうたな。」

なぜか落胆の声で瑞希が言う。残念がるところじゃないでしょと言えば、だって、と彼女はわざとらしくため息をついた。

「上手くいかんかったら、おまんからやっとこさアイス奪えるはずだったに。」
「はぁ?奢んねぇって。それホントに俺かよ!?」

慌てたように叫んだ将人に、瑞希が思いきり笑い声をあげる。つられて私も笑い声が出た。

「あの時の将人はそれだけ推理に自信があったんやろ。実際うまくいったんやし。」
「じゃあお祝いってことで?」

将人の顔を覗き込めば、奢らねぇよ!と将人が笑いながら叫んだ。いつも通りの、将人だ。

「いやぁ、ほんとになんも覚えてないんだねぇ。」
「ああ、なんか変な夢見たけど。」

どんな、と尋ねれば、彼はちょっと迷うように目線を泳がせる。何、言いにくい話?

「ゆりに階段から落とされる夢。」
「はぁ!?」
「まぁ、夢だろうけどな。」
「勘弁してよ、そんなことしないって。」

あんたの為にわざわざ前科持ちにはならないんだけど、と顔を顰めれば、あ、そっち!?と将人が叫ぶ。瑞希が目の端で笑い転げているのか見えた。当たり前でしょ、恨みが出来たらそれこそなんか奢ってもらうって。

「ゆりならしかねんでごわす。」
「しないわっ!……っていうかさぁ。」
「なんや?」

一瞬聞くか迷ったけど、気になったもんは仕方ない。この際聞いておくか、と口を開く。

「瑞希ってどこ出身だっけ。方言が全部嘘くさいっていうか、」
「ああ、八王子。」
「え?八王子?東京の?」

じゃあその訛りどこから来たのよ。半眼で呆れたような目線を投げれば、おらにも分らん、と瑞希はけろりと言い放った。マジかよ。

「話さんかったっけ。」
「聞いたかもだけど、忘れた。」
「いや忘れんなよ。」

おや?本日の記憶喪失が何か言ってるぞ?将人は人のこと言えないでしょ。

「おまんにはいわれとおないやろ。」
「今回のは仕方ねえだろ!」
「ぜぇーんぶ忘れるなんて、ほんまあんたらしいわー。」
「てめぇを階段から落とすぞ。」
「はっ!やれるもんならやってみろや!」
「ひぇ、やっぱ無理だわ。」

また将人が瑞希に喧嘩を売って負けている。学ばないなぁ、と笑えば、将人が不服そうにため息をついた。

「もうちょい感謝してくれてもよくないか?覚えてないけど、俺が全部推理したんだろ?」
「まぁ確かに、今日のはThank you so much するよ。人間、テンぱってる時は見えるものも見えなくなるさかいな。」

そうだね、と頷いて私は屋敷のほうを振り返った。

本当に、気が付かないもんだよね!

気に入って頂けたらサポートおねがいします 美味しいものを食ってまた何か書いてお渡しします、永久機関ってわけです……違うか