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「自分以外、全員退職」の窮地を、オープンソースコミュニティが救ってくれた。世界60万人の開発者が使う『Boost Note』アップデートまでの道のり

2020年1月、ソフトウェア開発者向けマークダウンエディタ『Boost Note』が大幅にアップデートされました。2016年のローンチ以降、全世界で60万人以上のユーザーを獲得したBoost Noteが、ついにクラウド化され、マルチデバイスで使えるようになります。
本記事では、Boost Noteを開発・運営するBoostIO株式会社のCo-founder/CEOである横溝一将、Co-founder/CTOのJunyoung Choiにインタビュー。ローンチから現在に至るまでに直面したHARD THINGS、それを乗り越えるためにオープンソースに救われた経緯から、アップデートの先に見据えるビジョン・ミッションまで、Boost Noteに懸ける想いを語ってもらいました。
取材・構成:小池真幸モメンタム・ホース) 写真:Photo TAISHO

「気づいたら60万もユーザーがいた」大型アップデートの背景

ーーまず、今回のアップデートのポイントを教えていただけますか?

横溝一将(以下、横溝):一番のキモは、マルチデバイスで使えるようになったことです。デスクトップ(MacOS、Windows、Linux)、Webブラウザで利用可能になり、モバイルアプリ(iOS、Android)も1月中にはリリースします。すべてのデバイス間でデータを同期できます。

Junyoung Choi(以下、サイ):技術面では、大きく3点アップデートしました。まず1つ目は、かなり古かった既存のコードベースの刷新。デスクトップアプリを含め、全てをフルスクラッチでつくり直しています。
2つ目は、クラウドでデータ同期を提供するようにしたこと。旧アプリでは、サードパーティのクラウドストレージサービス経由でしかデータが同期できず、ユーザーの皆さんに大きなご不便をおかけしていました。
そして3つ目は、クラウドでの同期を維持しやすくするため、Gitライクなファイル管理データベース『CouchDB』を導入したことです。

ーーなぜこのタイミングでアップデートに踏み切ったのですか?

横溝:ここ2年ほど、オープンソースプロジェクトのための報賞金サービス『IssueHunt』などの開発にフォーカスしており、Boost Noteにはあまり手を回せていなかったんです。だけど、ある日データを見てみると、60万ダウンロードを超えていた。しかも90%ほどが海外で、「デスクトップアプリしかないのに、こんなに使われているのか」と驚きました。
せっかくこれだけの方々が使ってくれているのに、しっかりと環境整備できていないのは、ユーザーさんに申し訳ない。また、いちユーザーとして数年使い続けてきた僕としても、「クラウドにつながってマルチデバイスで使えるようになったら、もっと便利だな」と思い、アップデートすることに決めたんです。

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ーーアップデートはスムーズに進みましたか?

横溝:スケジュールがタイトでしたが、概ねスムーズに進んだと思います。CouchDBやPouchDBといった新しい技術を活用できたのは、難しくもあり、楽しくもありましたね。2019年の冬前から、本格的に動き始めました。基盤だけBoostIOのコアメンバーで整えて、あとはコミュニティの方々と一緒につくり上げていきました。

HARD THINGSを乗り越えられたのは、オープンソースのおかげだった

ーーローンチから現在までの歩みについても教えてください。そもそも、なぜBoost Noteを開発しようと思ったのでしょうか?

サイ:開発者として、シマンティックな文章がパッと書けるツールが欲しかったからです。以前は、使いやすいアプリケーションがなかったんですよ。
既存のエディターアプリケーションは、毎回新しいファイルを作成して保存し、使うときはまた呼び出さなければいけないのが面倒。一方で、既存のノートアプリケーションは、Makdownに対応しているものがなかった。だから、両者の良いとこどりをしたツールをつくろうと思ったんです。

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ーー2016年春のローンチ当初から、オープンソースだったのでしょうか?

横溝:いえ、最初はクローズドでした。サイが「オープンソースにしたい」と提案してくれたのですが、当時の僕はOSSについて全く知らなかったので、めちゃくちゃ反対していた記憶があります(笑)。

サイ:オープンソースにしない理由がない、と思ったんです。オープンにしておけばみんなが助けてくれるし、コントリビューターの人たちが自分たちの技術を応用しているのを見るのも勉強になる。コードがパクられること自体にあまり意味はないし、パクるくらいの実力があれば自分で良いものをつくっているはずですしね。そもそも、不誠実なパクリ方をしたら、開発者コミュニティでの信頼を失ってしまいます。

横溝:いま思えば、サイが言っていることは100%正しいんですよ。ただ、初めてOSSに触れた当時の僕にとっては、自分たちの資産を公開することへの心理的なハードルが高かった。「デメリットしかないじゃん」とまで思っていました。
ただ、最終的には根負けし、「とりあえずやってみようか」とオープンソースにしてみました。当時は英語も全く喋れず、とりあえずダイブしてみただけだったのですが、実際に体験してみると、「あれ?たしかにメリットしかないな」と見事に考えが変わってしまいました。

ーー現在に至るまで、どのような点に苦労しましたか?

サイ:立ち上げはとても難しかったです。AngularやReactなど、当時は初めて使う技術ばかりでしたからね。また、オープンソースへ貢献したことはあっても自らが運営者になるのは初めての経験だったので、全てが手探りでした。

横溝:僕は、一時期ひとりになってしまったことが最大のHARD THINGSでした。サイも含め、初期に手伝ってくれていたメンバーが、全員辞めた時期があって。その時は別のプロダクトを作っていたこともあり、僕はあまり開発にコミットしていなかったのですが、やらざるを得なくなってしまった。分からないことだらけだったのですが、コントリビューターの方々やコミュニティの人たちが熱心に助けてくれたおかげで、なんとか乗り切れました。

ーーご自身が苦しいときに、オープンソースコミュニティに救われたんですね。

横溝:はい。コントリビューターの方々がいなければ、間違いなく挫折していました。感謝してもしきれません。
「この人たちの頑張りに報わないと」と思い、開発はもちろん、サービスを広げるためのコミュニティ活動など、できることは全て必死にやっていました。もがき続けていると、Boost Noteに関する記事がLinux界隈でバズり、GitHubスターが爆発的に増加し、連続して何日もGitHub trendingの上位に入り込んだことがあったんです。そのバズがきっかけに一気に知名度が上がりましたね。

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プログラマーは、クリエイティビティを発露できる数少ない職業

ーーリニューアルを経て、今後はどのようにBoost Noteをグロースさせていく予定でしょうか?

横溝:直近では、Boost Noteのチーム版をリリース予定です(事前応募はこちらから)。技術的にはそこまで難しいポイントはないのですが、いかに革新的なUXを発明できるかがキーですね。その先にも、すでに設計までできているプランがあるので、それを早くデリバリーすべく開発チームは熱量高く取り組んでいます。Boost Noteのユーザーの皆さんには、ぜひ楽しみにしていただきたいですね。

ーー最後に、Boost Noteを通じて、将来的に実現したいビジョンを教えてください。

サイ:開発者の誰もが、当たり前に使うアプリケーションをつくりたいと思っています。バージョン管理にGitHubを使うのが常識となっているのと同様に、どこで何を書くにしても、「Boost Noteを使うのが当たり前だよね」と思ってもらえるようにしたいです。

横溝:僕は、Boost Noteをグロースさせていった先に、BoostIOが理想とする世界を実現したい。それはビジョン「全ての人をクリエイターに。世界を自由に。」であり、ミッション「クリエイター達の指揮者になり、明日のアタリマエを作る。」です。
これは、オープンソースという手段を通じて、世界中の開発者の方々と共創出来ていることが大きな原体験となっています。
実は、現在BoostIOはほぼ全員が日本以外のメンバーによって構成されており、その中には会ったこともなければ直接話したこともないメンバーたちも多数在籍している、いわばコミュニティ型組織です。直近ではオランダの方にジョインしていただきました。また、ほぼ全員が世界中でリモートで仕事をしており、まずはBoostIO自身がビジョンとミッションを体現するロールモデルにならなければならないな、と思っています。

昨今は、当たり前のように「テクノロジーが人から仕事を奪う」という議論がなされています。プログラマーは、産業が大きく変わるこの時代の主人公であり、最も重要なクリエイターだと確信しています。クリエイターたちをもっとエンパワーメントして、世界を自由にしたいんです。
Boost Noteで開発者向けのスタンダードを作るのも、IssueHuntを通じて世界中のOSS開発者の方々に報酬を渡しているのも、ビジョンとミッションを実現するためのプロセス。もはや、“Want”ではなく、「しなきゃいけない」という義務感を覚えていますね。

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(了)

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