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感覚の肯定




先日、結婚式に参加した。

学生時代の友人同士で、超お似合いカップルだ。

2人の結婚は、自身の感覚の肯定だった。

自身にとって大切なことだから、残しておきたい。

前提①学生時代15歳〜19歳

自身の学生時代は、

「こんな自分じゃだめだ!」

「このままだと、夢なんて遠い夢のままだ!」

「ライバルはクラスにはいないけど、
きっと全国には沢山いるはず!」

「もともと英語は苦手なんだから、まずはクラスメイトの英語力に追いつかなきゃ!!」

「英語に加えて中国語も話せたら、就活で強みになるかもしれない!!!」

中学卒業時には英検三級も持っていなかった私は、
そんな気持ちで高専に入学して、
自分を奮い立たせて英語学習とか中国語学習に励んでいました。



自分がいる位置と、思い描く夢が、遠すぎて。



中学までの自分では、到底いられない。




そう、直感的に思っていました。




高専では、日々の単語テストとか、プレゼンテーションとか、中間期末考査とか。

頑張る必要があったから、時間の使い方も変わった。通学時間はよく単語覚えたり英文覚えていたりした。

でも、それは、全然、辛いことでもなかった。

やれば、やるほど、

「自分の夢に、少しずつだけど近づいているんだ!」

純粋にそんな気持ちで取り組めていた。

勉強、特に語学に対しては、
ちょっとやそっとのことじゃブレない姿勢を、
持てていたと、思う。

そしたら英語で、いつのまにかクラス1位をとるようになっていた。

英検三級も持ってなかった人間が!

入学当初みんなの発音の良さに
ビビりまくってた人間が!!


このとき、後天的な努力で、
自分のレベルは変えられるのだと、知りました。

前提②学生時代のサービス業体験 16歳〜18歳

イタリアンレストランでのバイトや、おもてなし日本一、旅館でのインターンシップに関しても。

掲げた夢に近づくには、必要なことだと思えた。

だから、やろうと思ったし、挑戦できた。

きっと将来の自分の、糧になる。

しんどかったけど。できた。

なにも持っていなかった自分自身を、
将来求められるレベルに、合わせにいくために。

前提③ホテル勤務時代 20歳〜22歳


そしていざ就職して、夢の舞台で、
自分が中学生の頃思い描いたことを実現できたような気がした時も。

周囲に求められることを理解し、それを実践する努力をした。

同期はホテルでの接客、アルバイト経験ありの子もいた。

同期の中で一番歳下で、若すぎた。

なにも知らない、できなかった自分は、

その場その場で求められていることを、感じとったり

あるいは

上司先輩から、厳しいお言葉を毎日のようにいただきながら

「できない」 を、「できる」に

変えていった。

「こんなんじゃ、だめだ。」

「まだまだだ。」

「頑張れ、自分。」


入社一年目のモットーは、
「目の前のことに一生懸命」だった。

本気で、そうだった。

それ以外に、自分ができることはなかったから。

だから、出来ることを、一生懸命やろうとした。

あいさつは絶対に、自分から。

業務の邪魔にならないようタイミングを見計らいつつ、相手の名前を呼んで、目を合わせて、挨拶する。


そうやって少しずつ、自分の居場所をつくろうと、

あるいは、

その場その場で、必要とされようと。

外から求められていることに、
自分なりに本気で、応えようとしていた。


少しでも、憧れていた女性上司、超カッコいい存在に近づきたかったから。

というかまずは、自分自身を、当時新入社員、若手社員として求められていた一定のレベルに、もっていく必要があったから。



そうやって、自身としては日々精一杯の努力をして10代後半や20代前半を過ごした。

そこまで頑張れたのは、追いかけたいもの、近づきたい存在がいたから。

その時に身につけた思考のクセや、習慣は、

ホテルを離れても、違う仕事を初めても、

追いかけたいものがなくなっても、

ずっと自身を縛りつけたままだった。



前提④学生時代の2人と私

先日の結婚式では、新婦は5年間同じクラスメイト。
オーストラリア一緒に行ったり、中国語一緒に頑張ったり、茶道を一緒にしたりした。


新郎は中学校も同じで、高校では通学バスも毎日同じだった。


どっちも、深く仲良くなるにつれて、

人間的にすごく好きになった。

そして素直に、彼女のことも彼のことも、尊敬していた。


入学して4年目のある日、通学バスで帰宅途中、

隣のクラスの彼がいつものように話しかけてきた。

その時モゾモゾしながら(笑)

「好きな人ができた。」

と打ち明けてきた。

相手は、私のクラスメイトだという。


同じクラスも4年目になると、

(通っていた学校は5年間クラス替えがありません!)

名前と顔の一致は当たり前だし、性格もわかっていた。

クラスメイトそれぞれとの思い出ってのも、

確実に出来ていた頃だった。


誰もが可愛いって思う、超モテるクラスメイトの名前あげてみた。

違った。笑

別の超モテるクラスメイトの名前あげてみた。

また違った。笑笑


「まって?わかった!!!わかった!!!!!」

なぜかこのとき、確信的だった。

「○○だ!」

「うん。」

「え、めっちゃいい、、、!!!!
 え!めっちゃいいやん!!!!!!」


正直、彼女を好きなった彼の好感度が

めちゃくちゃ上がった。笑


それくらい、彼女は、人間的な魅力に溢れていたから。優しくて、忍耐力もあって、想いに寄り添えて、とにかく優しくて、そして本当に賢い。クラスで一番の努力家。

ただ、すごく目立つタイプ、というわけでもなかったと思う。

だからこそ、彼女の素晴らしさに、クラス外の人が気付けたのは嬉しかった。

なにより2人は、お似合いだと、思った。

本当にどちらも、人間的に大好きな人たちだった。

だから、応援したかった。



私はクラスの中で唯一、彼の良さも知っていた。


彼女のことも好きで、彼のことも、好きだった。


大好きだった。

その大好きな2人が、くっついてくれたら、

めっちゃいいやん!!!!

私、得じゃん!笑

くらいの感覚でもあった。



でも、本当にくっつけばいいなあって、思っていた。


あわよくば、結婚までつながれば、、。


【2人の結婚】


2人はつい先月、結婚式を挙げた。


彼らの結婚は、自身の感覚の肯定だと素直に思った。

おめでたさもあり、信じられなさもあり、入籍の報告を受けた時に、涙が出た。


自身は今までずっと、周囲に求められたものに合わせようとしてきた。

「こうあるべき」「こうしなきゃいけない」「じゃないと迷惑かける」

そういう風に、思考はいつもがんじがらめになっていた。

まあ、自分に合わない場所で生きていくのであれば

それは本当に必要なことだったから、

当たり前といえば当たり前。



だけどね?

19歳の自身が感じていた、

「なんか、良いな」

「この2人がくっつけば、(私が) 幸せだな」

その気持ちで励まし、応援したのが、

本当に、結婚にまで結びつくだなんて!

(他のクラスメイトは
最初その2人がくっつくこと超反対してたから

自身は唯一、彼らがくっつくように応援した
人間だったと思う。)


凄いなあって、純粋に思えた。


そして結婚式当日は、

当の本人たちはもちろんだけど、両家ご家族の皆様も、

参列した友人たちも、みんなすごく幸せそうだった。



自身が感じる「良いな」をもっと信じても、いいんじゃない?

素直にそう思える出来事だった。


学生時代、自分の感覚に従ってたら、
夢は叶えられそうになかったし、

夢の舞台では、生きていくことなんて出来なかったから、

わりと感覚を無視し続けて、頭の中で考える、

外から求められる「こう在るべき」に信頼を置いていたけど。


いまはもう、その段階は終えていいのだと思った。



いまは、その段階、夢を追ったり喪失したりした過程で得た経験を土台に、

感覚を信頼して、自分が内から感じる「良いな」を大切にする。


そういう風に過ごしていったほうが、
いいのではないか。


そう、2人が、肯定してくれたように思います。


それと、去年の12月。

自身が生き方に迷った時、今は亡き親友が

「感覚的に好きなことして、ニヤニヤしながら生きててほしい。」

と言ってくれたことも、ありました。

そしてこれは自身のnoteのプロフィールにも書いてる。



未来に確約なんて、ないから。

今、ここ、しかないから。

求められる像に合わせにいく時間すら、惜しい。

そして合わせにいくのは結構大変でストレス。


であれば、今の内の想いに沿って、過ごしてみようよ。

ということで、大好きな色味でネイルしてもらた🥺


いままで、先生がこんな色味しちゃだめだろ、とか

親御さんになにか思われたら嫌だ、とか

そう思って、ネイルするのすら控えてた、あるいは

控えめな、シンプルな色味を選んでいたけど、、、。

自分が本当に好きな色味、

でもあり

今の自分が必要としている色味、を選びました。

画面打つたびに視界に入り込む、爪の可愛さ。

るんるんしちゃう。

生徒さんウケは良い予感!

親御さんウケは悪いかもだけどでも、、、

もう、いいの。笑


もっと自身には、在るべき姿があると、思うから。

そこにたどり着くためにはね

誰かが求める像にハマろうと努力して

そこにとどまってばかりじゃあ、

いられないね。


それこそ、

一生、

自身の在るべき姿に、届かないままだわ。



悲しみにくれる出来事の3週間後くらいに

結婚式があって。

参加できるか不安だったし

当日少し無理した部分もあったんですけど、

みんなに当日会ってみたら、私は私で、

あー、みんな本当生きててよかったー、
この光景が成り立つのって奇跡だよな
って、

素直に思ってました。結構、泣きました。

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