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しくじり漫画道

『チェンソーマン』や『スパイファミリー』を手掛けた集英社の敏腕編集者、L氏とは少しだけ面識と因縁(?)がある。

今から10数年前、大学を出たばかりの僕は「絶対に漫画家になってやろう」と自信作を引っ提げて、ジャンプSQに持ち込みをした。
その時の担当編集者がL氏だった。

当時は本当に自信があった。
『バクマン』を読んでいた自分は、まぁ直ぐに掲載にはならなくても、少なくとも担当編集者が付いて賞で佳作ぐらいは取れるだろう、と真剣に思い込んでいた。
多摩美という「そこそこレベルの高い美大」を出た者のクオリティを見せつけてやろう、と思っていたし、実際に出来上がった自分の作品と商業誌掲載作品を見比べても、「この中の8割ぐらいには余裕で勝ってるな」と踏んでいた。

集英社の無駄に緊張を誘う狭いブースの中で、L氏が僕の傑作を一枚一枚めくって読んでいる最中、彼に向かい合う僕は心の中でガッツポーズをしていた。
「どうだ、驚いたか、天才現る、だろ?」
と。

しかし。
「うーん、何だかよくわからなかったな」
原稿の端を揃えながらL氏は首を傾げ、呟くように言い放った。
「まあ、ストーリーらしいものはあるのはわかるんだけと、キャラが弱いし絵も雑だから読んで行けないなあ。何、この設定?下手に複雑だし、名前ばかり浮いちゃってるし、こことここの矛盾、気付かない?」

予期せぬ批評のマシンガンだった。
あまりのことに僕が「え、え?」となっていると、更に矢継ぎ早にダメ出しをして来た。
「とにかく絵がダメ。下手とは言わないけど、もっと実際のものを見て、基礎的なデッサンの練習をした方が良いよ。あと、特にこの扉絵とか、構図とかセンスが古い。とにかく流行っている絵とか参考にして、練習してよ」

まさか一番自信があった絵のことでそこまで言われるとは思ってもみなかった。
美大出でもないだろう文系編集者に、絵の技術的なダメ出しをされるとは、予想だにしていなかった。
僕は何も言い返せず、口籠もって困惑するばかりだった。泣きそうになっていた。

「まあ今回で言えるのはそんなところかな。あと、奇抜なことはせずに描くのだったら王道を描いてよ。もし王道を描くんだったら、次も見てやるよ」

何だよ、その上から目線は。
と思いながらも、HP1になった精神状態で、僕は何とかL氏に質問をした。
「では、Lさんが考える王道って何ですか?」
僕は十分、自分が思う王道を描いているつもりなんですよ、と心の中で叫んでいた。

L氏は少し目を宙に向けて、「へぇ、そういう質問出来るんだ」みたいな微かな笑みを作りながら答えた。
「そうだな、色々あるけど、『るろうに剣心』とか?ジョジョとかバクマンとかは真似しちゃ駄目だよ、あれはまた特別だから」

「王道を描け」
その意味がそれでも僕は理解出来ず、「中途半端な、あってもなくても良い漫画」ばかりを量産してしまう長いトンネルに入ってしまう。

今になって思えば、「王道と言われるテンプレートに沿って描け」なのではなく、
「王道と言われる作品にあるキャラの魅力を研究し、それを自分のストーリーに落とし込め」
という意味でL氏は「王道」と言ったのだと思う。

(単純に、普段は弱虫だけど悪は許さない正義漢、だとか、不良だけど実は子供や動物に優しい、だとか。そういう分かりやすくて魅力的なキャラ造形が『王道』のストーリーを生むのだ、という意味)。

その後もL氏の顔を思い浮かべる度に悔しくて、何度も何度も持ち込みしても(L氏は『王道を描くなら見てあげる』と条件を述べたが、編集部に電話すれば必ずL氏が対応してくれた)、お話になりません、と言われるレベルだった。

このままではデビューどころか受賞もまずムリ、というのが持ち込みを続けて感じた率直なところだった。

次第に僕は漫画の持ち込みはしなくなり、L氏とも会わなくなった。

そうこうしている内に『ファイアパンチ』という、いかにも僕が描きそうな、あまり『王道』とは言えないような癖っぽい漫画がSQで連載し始めた。
担当者はあのL氏だという。
しかも作者の藤本氏は僕と同じように美大出身で、幼い頃から僕と同じように、自分の頭の中で漫画雑誌を発行し、自分の漫画を勝手に連載させ、空想の世界で遊んでいるような子だったという。

何とも釈然としない悔しさが込み上げて来た。

僕と藤本氏との違いは何だったのか?
何を藤本氏が持っていて、何を僕が持っていなかったのか?
L氏に作品を見てもらう、という同じ土俵に立ちながら、僕と藤本氏を分けたものは一体何だったのか?

単純に努力の量かも知れない。
しかし、それだけでもない気もする。
藤本氏の方が「シンプルに早く答えを見つけ出した」のだろう。
やはりそれは「才能の差」となるのか。

今日、藤本氏の読み切り短編『ルックバック』を読んだ。
とてもではないが、僕には描けない。
藤本氏は明らかに僕では逆立ちしても届かない領域で作品を作っている。
恐らくL氏は何となくでも確信的に、持ち込まれた藤本氏の作品に「この将来像」を見出していたのだろう。
僕にはそれはなかった。
ただそれだけのことなのかも知れない。

…けれど。
漫画は描き続けますよ。
『ルックバック』のような120万人の読者でなくても良い、たった一人でも必要としてくれるなら。

と綺麗にまとめてみました。


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