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骨折りくらいじゃスローなブギにはしてくれない

利き手を骨折した。夏休み特有の、浮かれポンチが浮かれてケガしちゃうヤツだ。先日、20歳の少し手前からよく遊んでくれる兄ちゃんのようなトモダチと、これでもかと瞬く星空が見える山で川下りをし、飛び込みスポットを探しては飛び込んで、またサーチアンドダイブを繰り返した。遊んでくれる女の子も大していないし、金もないもんだから、そんなことから逃げるように高い場所から体を投げてしまう。僕は川で遊ぶ度に浮かれポンチになってどこかケガしちゃうのだけど、それはそれはある種の自傷行為だとも思う。

件のダイブスポットは、高台から少し距離があって流れがあった。普通にジャンプすれば充分に水面に届くのだけど、他より高さがあって足がすくむし、先月足の靭帯をちょっと切ったのも忘れていた。切れた方の足で高台を踏み切ると、あの、待ってました!と言わんばかりの一言、「死んだな」で頭がイッパイになった。その瞬間、真下に見える岩肌と川はスローモーションにはならなかったし、聴いたことない南佳孝の「スローなブギにしてくれ」も脳内再生されず、同名の映画や小説も観たことないし読んだことなかったしな、なんてことももちろん思わないまま、かろうじて体は深い水の中に飛んでくれた。と同時に左手から鈍い音。その後危険をもてあそんだ僕と3人のダメなトモダチは、誰でも知ってる超メジャーなあのやつ、騒ぎすぎて怒られてしょんぼりしちゃったよの時間を共にした。

現地の病院で骨折の診断を受け、とりあえずの応急措置をしてから数日が経つ。かかりつけの整形外科は盆休みで、変な方向に骨がくっついちゃうんじゃないかと怯えながら利き手ではない右手での生活を送っている。まずは世界は右利きが暮らしやすい様にできていることにいつもストレスを感じている左利きあるあるからは一旦逃れられたことに喜び、右手がえらく不器用でお箸が上手く使えなくても、字が全然書けなくても、「まあ世界は右利き用だしな」で心が安らぐ。そのくらい右利きには生活するだけでイニシアチブがある。マジで生活しやすい。このまま右利きになりたい。右利きになったらカップ焼きそばに注いだお湯を出すときに流し台からボンって音が鳴らなくなるだろうし、「どこからでも開封できます」と書かれたソースの小袋をどこからでも開けられる気がする。

ただ、一つだけのっぴきならない問題があって、「右利き用の世界」で四半世紀生き抜いた左利きの僕は、その世界でも左手をなんとか使えるように体の中心を毎回少しずらして暮らしていたことに気づいたのだ。んー上手く言葉にできないのだけど、例えば駅の自動改札機を通るとする。切符の挿入口とICカードの読み取り機は右側にあるから、通常は改札機の真ん中を通って右手で切符をいれるかタッチすれば難なく改札を通れる。しかし、これが左利きになるとちょっと面倒で、同じ状況の場合左手をぐいっと右側にやらなくちゃいけないから、少し楽な体勢になるために、体は改札機の少し右側を通る。いや、通っていたことに気づいた。このことが他の全ての行動に当てはまるから、右手で作業するのは楽になったのだけど、体がいつも中心から少しずれているから頭で思うより腕が足りなかったり余ったりする。これがまた複雑で複雑で、「右利き用の世界」で左利きでも生活出来るようにチューニングした体を、不器用な右手の為にチューニングし直さなくてはならなくなる。もうなにがなんだかわからない状況で、右脳と左脳をフル使っても出来ない。

みんな普段は何にも考えず生活してるけど、改めてみると毎日休みなく目の前の現象や実物に対して絶え間なく反応をしていて、調整を繰り返しながら最適な重心移動や行動をしている。しかも誰も褒めてはくれないし、自分が努力してるなんてことも当然思ってない。継続できる人は才能があるというけれど、実はみんな生きてる間はどうすれば暮らしやすいかを考え、実践し続けてる。その結果、無意識で体が動くようになる。プロのアスリートがよく言うやつだ。実はみんなヤバイ。天才。才能しかない。だからスッと諦めるのは辞めような。しらんけど。

ぼちぼち「スローなブギにしてくれ」を聴きたいので終わります。
#NowPlaying つるの剛士 / M

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