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年に一度だけの伝統菓子 ~平安座サングヮチポーポー~

島の嫁にとってはもうすぐ試練の日、年に一度の伝統菓子づくりの日がやってきます。

沖縄の東海岸にある平安座島。そこに嫁いでから毎年毎年焼くお菓子。それが「平安座サングヮチポーポー」なのです。

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ポーポーってなに?

沖縄で一般的にいう「ポーポー」は、小麦粉を水で溶いて薄く焼き(クレープみたいな感じ)、アンダンスー(油味噌)を乗せて巻いたものを指すようです。似たようなものに「ちんびん」があって、小麦粉に黒糖を混ぜて焼き、そのままくるくる巻いてあります。
※地域によって呼び方や作り方に違いがあります。

平安座サングヮチポーポーは、「ちんびん」に近いですが、小麦粉・黒糖・ムギと呼ばれる全粒粉みたいなものを水で溶いて焼くのです。厚さはクレープより厚く、ホットケーキよりも薄い。中には何も包みません。生地の状態の時は水のようにサラサラなのに、焼きあがった食感はモチモチなんですよ。
味はもちろん甘いですが、黒糖独特の甘みが昔懐かしい感じです。家庭によっては白砂糖と混ぜているところもあります。

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このお菓子を作ってどうするの?

 平安座サングヮチポーポーという名前の「サングヮチ」は、毎年旧暦3月3日から3月5日の3日間行われる、平安座で最も大きな行事「サングヮチャー」のこと。このサングヮチャーの3日間、ポーポーを各家庭で昼間の潮の干く時間に合わせて仏壇にお供えします。

もちろん、仏壇に供えるだけではなくお客さんにも出します。子どもたちのおやつもこの時期はポーポーです。食べると喉が渇くのでお茶は必須。個人的にはさんぴん茶と合わせるのがスッキリしておススメです。

サングヮチャーは来客多し

 沖縄では旧暦3月3日は「浜下り(ハマウリ)」と呼ばれる日。女性たちが海で潮干狩りをして浜辺でご馳走を食べるのが一般的と言われています。

浜下り
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
浜下りは、沖縄県や鹿児島県の奄美群島で旧暦3月3日に行われる伝統行事である。沖縄本島ではハマウリ、ハマオリ、宮古諸島ではサニツ、八重山諸島ではサニズ、徳之島や奄美大島ではハマウリと呼ばれる。

 平安座では「サングヮチャー」。呼び名も違えば、期間も違うのです。

サングヮチャーの3日間は、島全体で大きな行事が行われます。特に3月4日の「トゥダヌイユ」と「ナンザモーイ」は独特で、島外の方も見学や参加が出来ます。親戚や観光客の方、歴史や民俗文化などに興味のある方など集まってきます。毎年沖縄のニュース番組や新聞の取材などで何かしら取り上げられるので、なんとなく知っている方もいるかもしれないですね。2019年には「ダイドードリンコ日本の祭り」でも取り上げられ1時間弱のドキュメンタリー番組にもなりました。
行事の詳細については平安座自治会のホームページに載っています。

経験積まねば上達しないポーポーづくり

一見簡単に見えるポーポーづくり。私も自分でやるまではナメてました。もう10年くらい自分でやっていますが(まだ10年?)未だに上手く作れません!
そもそも沖縄の伝統料理は、歴代のオバーたちが経験だけで作っているので正確な分量も無ければ手順も家庭によってまちまち。「教えて~」とお願いしても、多くの場合「なんでー、てきとーだよー」という答えが返ってくるのが沖縄あるある。ということで、傍らについて料理を教えてもらわないことには埒があきません。

■難しさのポイント① -島の外では売っていない?材料-

材料は小麦粉・黒糖(白糖を交ぜてもOK)・水、そして「ムギ」です。この「ムギ」って何ですか?平安座の商店には売っているのですが、他のところで販売されているのをまだ見つけたことがありません。多分・・・全粒粉のようなもの。でも粒が粗いのです。見た目はパン粉。とにかく商店でムギを購入しておかないと作れないのです。商店は昼間しか開いていないので、仕事が終わってからでは間に合わないし、この時期はみんな購入するので品薄になります。ゲットしておかないとスタート地点からくじけます。

■難しさのポイント② -時間のかかる生地の仕込み-

生地の作り方は、まず水以外のものをよく混ぜて、そのあと水を入れます。どうしてもダマになってしまうので、それを手で丁寧につぶしながら水と馴染むように時間をかけて混ぜていきます。生地を手ですくって落とすと、水のようにサラサラサラっと落ちるくらいのゆるさが目安です。この混ぜる作業もかなり時間がかかるのですが、一通りダマがなくなったら、さらにしばらく置いて水を吸わせます。

この水を吸わせる時間は少なくとも2時間くらい必要です。焼く直前に生地を混ぜても美味しいポーポーは作れないのです。これもポーポーづくりの難しさのひとつ。「ムギ」は粒が粗いので直前に混ぜても水分を十分に吸わず、出来上がりったポーポーの中にガサガサしてそのまま残ってしまいます。どうしても焼く日にしか生地を仕込めない場合は、生地を混ぜたあと最低2時間の吸水時間が必要なのです。

前の晩に仕込んで吸水させる時には冷蔵庫に入れておきます。沖縄はもうこの時期暖かいので生地が腐ってしまうこともありますからね。

出来上がりのことを考えると、一晩吸わせるのがおススメですよ。食べたときにわかりますが、2時間のものとはもっちり感が全く違うんです。

■難しさのポイント③ -火加減が面倒な焼き方-

さあ、焼くぞ!と思っても、その前にいくつかやっておくことがあります。
まずは生地を常温に戻しておくこと。前の晩に冷蔵庫に入れて作る場合には、この作業もとても重要なんです。焼き方は温度命。生地が冷たすぎると絶対に成功しません。

もうひとつはフライパンの準備。平安座の各家庭には、それぞれ「ポーポーだけに使うフライパン」があります。特別な商品ということではなく、普通に売られているフライパンの中で自分に合ったものを選んでいるのですが、これを日ごろから炒め物などの料理に使っていると、ポーポーが上手に焼けないのです。多分、細かい傷とかが出来るからなのでしょうか…。

「そんなことないだろう」と思ってました。普段使いのフライパンでやりました。やっぱり上手くいかないのです。義母も台所の棚の、普段は手の届かないところにポーポー専用のフライパンを隠していました。

購入する時にフライパンを選ぶコツは、「軽い」「薄すぎない」「くっつかない」。意外にも高級品よりお値段お手頃なものの方が合っているみたいです。

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■最大の難関、焼く時の手順
①フライパンを強火で熱々にしておく。
②横に塗れ布巾を置いて、そこにフライパンを置き、ジュッっと冷ます。
③強火のままのコンロにフライパンを戻し、すぐに生地を大きめのお玉1杯分すくい、フライパンの中央めがけ、ちょっと高いところから落とすように流しいれる。自然に生地が広がるようにするのが大切。最後にお玉に残った生地をフライパンの中央に少し厚くなるよう追加する。
<注意>この時、生地が広がらないからといって、フライパンを回すようなことをするのはNG。きれいに焼けません。
④生地の周囲がちょっとプツプツいいはじめ、穴が空いたら、即、火を弱火にする。これを忘れると焦げる。
⑤火が通ってくると生地の色が少し変わってくるので、中央がまだ生っぽい状態でひっくり返す。
⑥裏面は中火でゆっくり焼く。
⑦火が通って焼けたら、まな板などの上に焼きあがった生地を取り出し、熱々のうちにくるくるっと巻く。冷めてから巻くと形が定まらずどうしても開いてしまう。
⑧次の生地を入れる前に、再びフライパンを熱々にするため強火にするのを忘れずに。

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どうですか、この面倒な焼き方。本当に火加減とタイミング命。どの手順も手抜きできないのです。しかも生地は焦げやすいので目が離せません。

島のベテランおばーたちは、フライパン2つで交互に同時進行します。私も一度だけチャレンジしました。

ムリ・・・!片方を忘れて結局1つになるか、片方が焦げるかのどちらかでした。(;´д`)トホホ。

■難しさのポイント④ -焼く枚数が多い-

こんな手間のかかる焼き方だというのに、これを3日間仏壇に供えるので3日分を一気に焼くと結構な枚数になります。お客さんの分、知り合いにお裾分けする分なども焼くので、延々と焼く作業を繰り返し、義母が作っていた頃と同じ分量だと4時間くらいかかるのです。

私はさすがにくじけて量を半分以下にしています。面倒な火加減を調整しながら焼いていると、途中で集中力が尽きて全く上手く焼けなくなっちゃうんです。だったら別の日に追加を焼いたら?と思うでしょうが、この手間をさらに別日に設けるなんて、私にはパワーがありません。

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■難しさのポイント④ -見た目-

出来上がったポーポーの表面には、プツプツと凹んだ穴があいています。これがキレイに出来ているかどうか…そこを平安座の人はめちゃくちゃこだわります。義母が生きていた頃は、来客も多く、必ずこの「上手にできたかどうか」をみんなが口々に語っていました。

つまるところ、これが上手に焼けると平安座の嫁としてOKがもらえますって感じではないでしょうか。

このプツプツ。すべては火加減で決まります。それと、フライパンに油を少し挽くのですが、これも薄っすらやらないと今度は凹みが大きくなります。

合格点はなかなか出ない…ほめてもらえる出来栄えにはなかなかたどりつけません。

肝心の味はどうなのか

この時期だけの楽しみということもあって、平安座島にゆかりのある人たちはとても喜びます。甘くて、ムギの食感が昔懐かしい感じ…。おいしいと思います。

でも、作った本人はもう疲れ果てて味がわからなくなっています。

この島でしか食べられない

同じ沖縄でもポーポーのレシピは地域によって違いがあります。平安座のポーポーの味は平安座でしか食べられません。しかも、旧暦3月のサングヮチャーの時期だけ。

行事開催中は島の女性たちがポーポーの販売もしています。結構お腹いっぱいになるので1パック買ってシェアするのがおススメです。

残念ながら昨年に引き続き、今年もコロナ禍ということで行事の中止が決定しています。でも、各家庭でポーポーを焼くのは中止になることは無いので、今年もこの嫁修行の日を私は今から迎えるのです。

嫁の浅はかな願い

これだけ技術が進んだ世の中、どなたか「ポーポー焼き器」を発明してくれないだろうかと、心の底から願ってます。難しい火加減はAIに記憶させて解決できそうではありませんか?なおかつ、一度に10枚くらい一気に焼ければもういうことありません。

ですが、これを開発したところで販売マーケットは平安座島だけなのでしょうね…

それでも、この島だけのお菓子、島の嫁として伝統を引き継ぐ一人になっていくのは、嬉しいことです。

進化するテクノロジーの力も借りながら、平安座のポーポーが次の世代にも引き継がれていくといいですよね~。

平安座サングヮチポーポーの作り方





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