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沈黙は美しくはない。

地方から電話があった。若い障がい者の方からだった。
車椅子に乗って、トイレはなんとかいけるそうだ。

「自立生活をしたい」と、その人は声をひそめて言った。

「一度こちらに来てお会いして話しませんか?」というと「コロナだから行けない」とのこと。いちご会の事務所は広くて換気もしているし、距離を保って話せることや、ZOOMでお話をできると言ってみたが、むずかしいと言われた。

ちょっと悲しい声でそう言ったので、私は昔を思い出し、すぐその人に会いに行きたくなった。いちご会を始めたころ、こういう人がたくさんいた。

地方にいる障がい者で、自立生活を希望しているのに、その手立てがない人たちに、私たちはかつてよく会いに行っていた。

この人にも、時間はかかるけれど、自立生活ができるようにたくさん色々なことを教えたくなった。しかし、話しているうちに、その人の背後でドアの音が聞こえ、その方は何も言わずに電話を切ってしまった。もっと何かを言いたかったんだろうなあ。(明日、電話かかってこないかなぁ)と、私はずっと待っていた。しかし、まだかかってこない。

40年ぐらい前、私の実家の近くに、脳性まひ者が住んでいたが、その人はずっとお兄さんの家に引きこもり、いわゆる「座敷牢」のような一部屋に住んでいた。

電話がかかってきたので、行ってみると、部屋には雑誌一冊と電話しかなかった。彼はいちご会の会議に出たいと言ったので、会議の時は、私の父がおぶって連れてきた。それから彼はボランティアの女性をつぎつぎ口説いて、年金で高級レストランに女性を連れていき、フルコースをおごっていた。私にはおごってくれなかったが、彼が女性を口説き、デートしている姿をみると、心が温かくなり、ほんとうに会いに行ってよかったと思った。彼は現在も一般のアパートで、自分らしく暮らしている。

今回は電話の声で、遠い昔を思い出した。いまだに心を縛られて生きている障がい者がいることを知った。

私はできることなら、絶対にコロナが消えたとき、その人に会いに行き、自立生活をできるように相談にのりたい。そして、その人にも誰かを口説いてほしいと思っている。

いまだに日本の障がい者は施設や在宅に閉じこもっており、沈黙をしている。その一方で24時間ケアを受け楽しく生きている人もいる。

なぜこんなにも違いがあるのか?これは悲しい現実だ。幸せな障がい者たちが頑張って、閉じこもっている人たちに、「地域で暮らそうよ」と声をかけなければいけない。

今日の写真は北海道近代美術館の「ねこまみれ展」で撮りました。

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