地方でベンチャー起業して10年。世間から「非常識」だと思われる会社を続けて分かったコト|株式会社MGNET
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地方でベンチャー起業して10年。世間から「非常識」だと思われる会社を続けて分かったコト|株式会社MGNET

2021年10月3日、日曜日。

私たち株式会社MGNETは、本日で晴れて創立10周年を迎えることができました。

今日この良き日を迎えられていることは家族、スタッフ、関係者、そして大変大勢の愛のある方々に支えていただき、救っていただき、助けていただきようやく辿り着くことができた賜物でございます。

心より感謝申し上げます。
有り難うございます。
本当にありがとうございます!

…と一方的に感謝だけ述べていても、知らない方が多いと思いますのでこの感謝の気持ちとともに株式会社MGNET(マグネット)の創業から今に至るまで、そしてどんな会社で、何を考えているかなど、読んでいる方にも活かせそうな(何か考えるきっかけとなるような)内容で少しお話しします。

▷ 創業時は通信販売事業のみ

改めまして、MGNETの武田修美です。

MGNETは2011年の創業当時、自社製品の名刺入れを主に販売する通信販売事業一本でスタートしました。この事業はもともと父の会社(武田金型製作所)の事業部として取り組んできた延長線上の事業で約6年ほど続けたのち売上拡大を持って法人化することを決意しました。

“名刺入れだけ”をインターネットでひたすら販売し続ける毎日。自分を含め2、3人で毎月数百万円から多い時では一千万円以上を売上ていたので、今思い返せば我ながらストイックな商売でちょっとウケます(笑)

のちに、この通信販売事業は「うちの力でこの市場は勝てない(高利益が望めない)」と判断し、起業から3年経った2014年で事業縮小、事業構造の大幅改善を決行し、現在の自社商品ブランド事業「FOR」と実店舗事業「FACTORY FRONT」に枝分かれしていきます。

▷ ミッションは起業後に

上記で触れた通り、新しい事業を持ってスタートする起業ではなかったこともあり「起業した!」という意識や「やったるぞー!」みたいな意欲はあまりなく、率直なところ大した計画もミッションなどはなく、起業前と変わらずひたすら目の前の名刺入れを販売する“売上拡大”しか考えてませんでした(笑)その割に父からの猛反対や周りからの祝福に少し戸惑ったことを覚えています。

なんとなく始まった社内起業も数ヶ月経ち、少し不安というか「ところで俺…何のためにやってるんだっけ」と考える、とあるきっかけがありました。

どの工場に行っても現場や事務所に社訓や理念が掲げられている!

今までは「カレンダーってこんないっぱい貼る意味あるのか?」とか「アイドルやタレントの“安全第一”的なポスターはマストなんだな」とかしか思ってなかったのですが形だけでも経営者となると気になるものですね。冒頭でも触れた通り起業してみたら色々上手く行かない事が増えていたのもそう感じた理由かもです。

で「うちも考えよう…!」と心算しました。
たぶんミッションステートメント(企業理念)の作成が最初の社長仕事でした。もしかしたらただの体裁というか、形でしかないかも知れないのですが、自分なりに一生懸命考えました。今となっては取り組んでおいて良かったと思っています。

とにかく悩むことや迷うことが多いのが会社経営。とくに一人じゃなく(一人でもいるのかな?笑)メンバーの力を借りながらチームとして「なぜ自分たちはそこに向かうのか」を明確にした上で目標を立てて一歩ずつ進む。

今も何かを始めるときに目的(何のために)はとても大切だなと今も感じます。

ミッションステートメントと一緒に掲げたフラッグメッセージ(キャッチコピー的なもの)が【モノにエンターテイメントを。】です。思い返せば10年間一度も変えず、今も自分たちの存在意義として掲げ続けています。

フラッグメッセージを掲げたことで、改めて自分の中にあった想いや使命を再発見しました。「そうか、そんなふうに俺は思ってたんだな。」と自分自身を俯瞰するような感じです。ちょっと話がそれますが思ってるだけじゃなく考えて表に声や文章でアウトプットするってとても大切なのだとこの頃から意識するようになった気がします。

話は戻って…その想いや使命感ですが。

自分たちの地域は「ものづくりの町だ」と自負しているのに、全くものづくりができなかったのです!語弊がないように具体的に言い直しますと、ものづくりしたい素人がものづくりしようと思い、自ら手を動かしながら、様々な工場を訪ねてものづくりの相談をしても全く会話にならず、一つの試作品すら作ることができない日々が続きました。

とある日の職人さんと武田青年の会話をご覧ください。

職人さん「ロット100??そんがの話しにならんてば」
訳:一回の最小生産数が100個?それでは検討にも値しないんだよ


武田青年「^^;あ、へー(…ロッド?杖を100個?)」

職「あとこんがアールじゃ曲げらんねこって」
訳:あとはこのようなアールでは曲げられないよ

武「^^;あ、はい(…アール…R…ライト、いやレフトだっけ?話は聞いてくれるのか…)」

職「デザインはいいっけ3面図持ってこいぃや」
訳:デザインもいいけれどまず3面図を持ってきてね

武「^^; あ、はい(…3メンズ????どこか話通せば進みそうってこと!?)」

職「これだけらったらタレパンで抜けば一発らいや」
訳:この部分だけだったらタレットパンチプレス機で板金の打ち抜き加工をすれば直ぐできるよ

武「^^; あ、それなら曲げられると?(…何?何パン?…ナニナニナニ???今どこの話〜?w)」

職「何言ってんだいや!ちごろが〜」
訳:何言ってるのさ!違う違う笑

武「^^; あー、形になるってことでしょうか?(…何のどこをどう間違ったのか…)」

職「そんつぁらもんやってみんば分からんてこてー」
訳:それはやってみなきゃ分からないよね

武「^^; あー、ですかね(…俺もわかりません…何もかも)」

職「おめんところの父ちゃんに言えぃや」
訳:あなたのお父さんにまず聞いてみな

武「^^;あー(…全部言えね〜)」

これはド素人の町工場の息子からすれば死活問題でした。
なぜかわかりますか?「知らない」って言えないんです。町工場の息子なので(笑)

もちろんこの後、必至に勉強しましたが身体の事情で現場に立てない分苦労も多かったです。専門用語だけを取ってみても地域や業種よって同じ言葉、同じ言い回しなのに意味が違ったり工程が変わったりするんですよね。覚えたと思って得意げに使ったら「チゴテバ!(違いますよ)」と言われる日々を過ごしました。

町工場の息子なのにド素人だったからこそ感じられることだったのかなと思います。知っている人同士だけじゃなく知らない人たちにとっても、もっとものづくりが身近で楽しくてシンプルで、もっともっと関わりたいと思える環境があったらきっとこの町のためだけじゃなく世界にとって大きな進歩。

ではそれが何か?何から着手すべきか??
何が必要でどんなことから始めたらいいかも分からないけど、とにかく業界以外の人たちにとってものづくりが「楽しい・楽しそう」と思えることが大事!

その表現が【モノにエンターテイメントを。】だったのだと思います。

▷ 地域イチ「謎の会社」爆誕

それからと言うもの(冒頭の当時パンフレットに表れてますが)

「この原体験はきっと誰かの役に立つぞ!」
「ものづくりにはこんなことが必要では!?」
「と言うことはこの事業もやった方がいい!」
「そうか!つまりこの提案をしたらいいのか!」
「ええいここまで広げてしまえ!」

と出るわ出るわ…。おかげさまで事業は多岐に渡るし、毎年最低3つは新しい事業始めているし、ダメならすぐ止めるしでずっと会社経営はテンテコ舞い。しかも社長が最も虚弱体質なので本当にたくさんの人に迷惑をかけました。この場を借りてお詫び申し上げます。本当に申し訳ありません!!!!

その結果、世間からは

「あの会社は何をやってるかわからない」
「一体どうやって経営しているのか?」

と思われているようですし、知り合いからも

「結局何で稼いでるの?」
「マジ謎」
「MGNETを説明できない!」

と言われたりでだんだんと知られるにつれ良い意味でも悪い意味でも“地域で一番謎で非常識な会社”になったわけです…。

■どの程度謎なのか?それは是非ともこちらをご覧ください!
MGNET10周年特設ページ掲載「〇〇さんからみたMGNET」メッセージ集

では後悔しているか?もっと一つの事業に時間を費やすべきだったと感じるか?と言われると全く思わないです。考えたことも悩んだこともありますが今は良かったと思ってます。

とは言え。
とは言え一つの事業にしっかり時間を費やした方が間違いなくベターだとは思います。認めます。自分の選んだ道は確実にハードでやはり謎です。しかも地方や田舎で仕事をするとなると余計そうかも。今まで在る“何か“に当てはめられず世間の常識や理解を超えてしまうので「結果、非常識である」と自分も思います。

繰り返しになりますがそれでも後悔はありません。むしろ逆で、現在この時代では「何屋なのか?」よりも「何のために存在しているか?」がより一層求められているのではと考えます。

だから自分たちは(下記図の通り)相対的かつ社会的により良い環境をつくることを使命に、色々やってきましたが今では「ブランディング(継続的事業資産の構築)」と言う仕事に辿り着き、事業全体のデザインをしています。

今でもあの時に思ったこと、感じたこと、そして思い描いたことが事業となり、ありとあらゆる事業の中心には常にフラッグメッセージがあるため、自分たちは迷っても悩んでも進んで来れたのだと思います。もちろん色々なことをやった分、経験が多岐にわたっておりますので「新しいことを始めるならMGNET」に頼んで欲しいなと思います!(ポジショントークです)

▷ 失敗の数々

そして、この流れで念のためお伝えします。
お知り合いの方々はよーく知っておいでだと思いますが、自分たちはとにかく失敗失敗失敗失敗。失敗だらけ。1年間に最低3つは新規事業を立ち上げてきましたので続いている事業の方が少ないです。どうしても世の中には美談やイイ話ばかり出てしまいがちですし、何より私自身もしてしまいがちだなと深く反省しておりましす。この機を借りて正直にお伝えしようと思いました。本当にうまくいかないことばかりの10年でした。しかしながら失敗をすればするほど見えてきたり、学ぶこともあります。この失敗の数々を言い換えれば経験値として蓄え、これからも沢山の方のお役に立てるよう生かして参ります。

ここでなぜ失敗の話をしたかというと、失敗し続けられる環境って案外大事なのかもと最近思うことがあります。甘えていいとか甘やかして欲しいとかそういうことでは無いです(笑)

ほとんどの場合、失敗はしたくてするものではなく失敗に至ってしまう何かしらの失念や過不足、誤認識などから来る結果であり本質的には失敗は悪ではないが、失敗を失敗のままにしてしまう意識や行動は悪事としか言えない気がします。つまり失敗を放置せず「それは失敗なので次」と意識し行動できる状態が伴えば失敗自体は「失敗を失敗と知っている」事象として価値があり、これらが叶う状況は決して馬鹿にできない、とても貴重なのではと思うのです。

…何が言いたいかというと!

本当に多くの方々に励まされ、理解され、救われ、助けていただける環境があるからこそ自分たちはここまで失敗を重ねて10年を迎えられました。本当に感謝してます。という事なんです。

夢を持ちスタートするも失敗を沢山する。挫折や苦悩があってもそうしたことすら無駄にせず次に生かし進んでいく。志を持つ。その志からなる行動の表れが次の成功やはたまた再び失敗に繋がっていく。己が強くなる。夢をまた思い出せる。そしてまた進むことができる。

この間、間を支えられている環境をとても尊く感じます。

目新しいこと、変わったこと、今までやったことのない未知の領域に挑戦すること。その意識とその意識を支え続けられる環境はとても大切で、そしてそれは当たり前ではなく常にアップデートし続け精進を続けてこそ継続できる環境の賜なのだと思います。

結果的にMGNETはご縁とご恩に恵まれたこの環境のおかげで、失敗し続けながらも新しい分野にどんどん進むことができる「非常識な集団」へと成長して行きました。

▷ 非常識は何を与えたか

世間から「非常識だ」と思われ続け、知り合いからも「謎だ」と言われながらも10年続けてきたことを、自分なりに少し考えてみました。

非常識とは、異なる条件では常識だったりする?

例えば、それが遠い国のお話(文化の違い=距離的価値観の差異)かもしれないし、過去と未来のお話(時代の違い=時間的価値観の流れ)かもしれない。自分の経験で言うと異なる地域や異業種の経営者、海外で活躍するクリエイターさんやアーティストさんと話すときによく感じる「価値観の違い」です。

自分が無知な故の勘違いかもしれないので全く確証はありませんが、ただ一つ間違いないのは非常識であると思われるには常識(普遍化された情報が集まる社会性のようなもの)が必要であり、常識の外や先にある全ての対象が非常識。つまり常識くんから見ると「君、変わってるね」ってなるのでしょうね。

自分の中では上記の図のようなイメージを持っています。

「常識くん」の周りを「非常識くん」が動き回っているような感覚です。実際「非常識くん」ももっと沢山いるのでしょうけど、それらが等しく繋がらず連らないため個として存在しているのでしょうし、今このイメージとして理解し易くするために単体で表しています。

▷ 変わり続けること

常識と非常識の境目や境界の見極めは難しく、対象化しようとした場合の軸となる常識自体も動き、変化し続けるので「今この時点でどこで何を基準とするか?」という平均的な値を常識とするならば、その場所に動きも値も留まらない別軸の働きが非常識となります。つまりでそれらは善し悪しではなく相対的な作用を繰り返すバランス関係にあると思います。

例えば自分たちのような非常識な会社は、地域というミクロコミュニティの中では「非常識であること」を理解し、それを社内や関係者という更に小さな超ミクロコミュニティで「常識化してきた」10年を過ごしたことで、今現在この世界という壮大なマクロコミュニティの中で起きている「非常識な状態が常識化されつつある新しい時代(2021年現在のコロナ禍)」では、今まで非常識と思われてきた所以である独創性や多様性によって培われた創造力と適応力が様々役に立つのでは、勝手ながら感じています。(はい、ポジショントークです笑)

まとめると、故意に人を傷つけたり法に触れなければ、そしてその在り方に信念があるならは非常識は問題ではない(非常識のままで良いのか?良くなければ常識に歩みよるという課題はあるかもしれないが)それにその非常識はどこか別の場所では常識かもしれません。どこでどう生きるか、基準的な正しさよりもどう変化しながら経営していくかが大切なのだと私自身は結論付けました。

…と、きっとこうした訳がわからないことを悶々と比較的ポジティブに考えながらも、これからも“目の前の当たり前“が在り続けるための環境を考え、創り続けるのだと思います。以上、学のない私なりの浅めの考察を終わります。

▷ 繋がる価値、囲わない経営

地域で「非常識」だった私たちは、奇しくも“MGNETらしさ”に辿り着き易かったのかもしれません。いつも楽しそうで前向きでフワフワして良くも悪くもハッピー野郎。多分社長である自分が思い描く「外とはどんどん繋がるけど内はできるだけ囲わない」意識がそうさせるのだろうなと思います。

思い描くだけではなく、具体的には2016年から実施している、他業種・他業界企業との業務提携や協業をして新しいサービスを展開する「パートナーシップ」と、スタッフの雇用方法を会社事情ではなくスタッフ一人ひとりの事情にあわせて働き方をスタッフと決めていく「タレントワーク」があります。

①弊社のパートナーシップはシンプルです。
「自分たちが何屋かわからない(非常識)なら何屋かわかる人たち(常識)の力を借りて、より良いサービスを構築しよう」という考えに至ります。当時は考えが至ったものの実践できていなかった私に肩を貸してくれて、一緒に旗揚げをしてくれたのが老舗割烹料亭「遊亀楼魚兵」の社長、結城靖博でした。

地域で一番地に足が着いていると言っても過言ではない存在でありながらも、古くからMGNETの考え方に共感をしてくれる数少ない友人経営者の一人です。彼との「燕三条をどうにかくっ付けたい」という構想から燕三条駅で八百屋を始めました。シンプルに言ってますが結構大変でした。ただ事業はからっきしダメでした。が当時の両市長が偶然寄ってくれたので成功だと思ってます(笑)

(真面目にいうと)本当に価値があったなと思えたのは、この業務提携を機に町の若者の挑戦が加速したことです。この行動を見てMGNETと魚兵の若手スタッフ達で新しい挑戦を始め、有言実行で独立し、今では自分たちの手を離れ立派な企業に成長しています。そして彼らに限らずその動きを知ってか知らずか徐々に町の若者の挑戦が増えたように思います。

MGNETとは異なる分野、業種の企業さんと共感(新しいお客様にとっての価値創造や課題解決と我々両社にとっての学びと利益)をもとに繋がることで結びついた思考に可能性が生まれ、その可能性から芽生える新しい価値を提供します。これからも色々な方々と様々な業界と方法論に捉われない繋がる姿勢を大切にしていきたいと思います。

②雇用体制「タレントワーク」は更に単純です。
きっとスタッフの中には表立って活躍したい人もいる。時には目立ちたいし、いつだって褒められたいし、何より可能性を縛られたくない。そんなふうに考える人だってきっと多いはず。だからそういう人たちにとって最適な環境を創りたいと思いました。楽しい仕事は存在する。たた楽しいことと楽なことは違う。そのことに集中できる環境を構築し、どんなに失敗しても、どんなに上手くいかなくても「次がある」って思えて実際「次を用意できる」そんな場所を創りたい。そう思って生まれたのがMGNETの働き方タレントワークです。

もちろんMGNETにずっといてもいいし、他の職場にずっといてもいい、他の職場と交互に出勤してもいい。今の時代ならではですが、出勤するかしないかも自分で決めればいい。とにかく個人の可能性に蓋をしたくないし会社が足枷になりたくない。でも!ちゃんと戻れる、帰る場所はある。そんなワガママな自分の発想から生まれた働く人の気持ちを優先した囲われない働き方です。

そう言えば、ちょうど先日(10月1日付で)弊社のスタッフがまた起業しました!
本当におめでとう!これからも一緒に頑張ろう!!

入社当時から語り合った彼の夢の第一歩、とても嬉しいです。スタッフ一人ひとりの夢をしっかり把握して一緒に叶えていく。これが私の仕事だと思っています。何をするかより誰とするか、会社の規則より社会的関係を考慮し続けられたらと思います。

▷ 11年目を迎えて

今回11年目を迎えるにあたりお知らせがあります!

ついにMGNETのロゴが新しくなりました!

今までは“MGNET”のタイプのみだったのですが大切な節目ですし、作っていただきました。デザインは株式会社フレームの代表石川竜太さん。何かとお仕事をお願いすることが多いのできっと一番私たちのことを知ってくださっていると思いお願いしましたが結果は「MGNETさんは難しかった笑」と仰っていられました。それでも見事かっこいい、そしてどこかかわいい。自分で言うのもなんですけれど“私たちらしい”素敵なロゴを作成してくださいました。本当にありがとうございます!

ちなみにロゴの意味は…

①MGNETの頭文字「M」
②ものづくりに関わるソフトとハードを繋げる様を「角と丸」で表現
③フォルムは新しいことを始める際の「発射台」のイメージ
④時には逆から「滑り台」で遊んでみるエンターテインメント性も大切に

的な感じだったと記憶しています。
本当に初見は「すげ〜カッコいい〜」しか出ませんでした(笑)
正直なことを言えばちょっと泣きそうになってました。初めてロゴ作ってもらったのがこのタイミングだったのとデザインしてくださった石川さんから「コミュニケーションが仕事だってようやく解って、つまりやっぱりMake good networkだなと思った」と仰っていただいたときに「非常識」企業の社長は、少しでも理解していただけたことについ感極まってしまいました。

▷ 最後に!

長く長くなってしまいました。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
ほんと長々と、大変失礼致しました!

改めて10年って、振り返るにはまだ浅い年月かもしれないのですが、私個人は10年を思い返すと本当に…本当に色々あって、正直この10年間はキツかったです(笑)

何回も挫けそうになりました。
何度も止めようかと思いました。
その度に本当に色んな人に救われて、助けられて。
その感謝は語り尽くせないです。

そして自分自身、よくここまで続けてこれたなと…一回は諦めかけた身体のこと含めると、ほんと今は奇跡でしかないです。

なので最後の最後に、関わってくださった全ての皆々様と共に今日は自分にも感謝をして締めくくろうと思います。

ありがとうお父さんお母さん
ありがとう妻と娘
ありがとうスタッフのみんな
ありがとう支えてくださる大勢の皆々様
そして
ありがとう武田修美

さあ、明日から更にキツい10年を望んで突き進みます!
そしてもっとイマジネーションをイノベーションに!
沢山の人と一緒に面白そうなことを全力で楽しみます!
今後ともMGNETをよろしくお願いいたします!

最後の最後の最後に!
人生最高に楽しんでる皆に幸あれ〜!!!

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ありがとうございます。自分もスキです!
元トヨタマン/大病を機に家業の工場へ→社内起業→ブランディング会社創立/たぶん地元で最も「で何やってる会社?」と聞かれる会社/主にものづくり企業のブランディングを/モノのコミニュケーションデザイン/未来へのソーシャルデザイン/モノにエンターテイメントを/株式会社MGNET代表