デザイナーは「営業」をどう考えるか
「営業」という言葉が好きなデザイナーは少ない。
ひとつは単純な誤解です。「営業さん」はビジネススーツを身にまとい、お客様に頭を下げて何かを売る人。デザイナーは何かをつくり出す一方、「営業さん」は何もつくらない。そんな、古典的かつステレオタイプな「営業さん」像にまどわされて、本質が身に入ってこない。興味がわかない。自分とは関係ないものだと思ってしまう。
デザイナーからは「私は人見知りなので、営業みたいなことはできない」とキッパリと言われたこともあります。「数字が苦手だからデザイナーになったのに」という過去のアイデンティティを根拠に、自分の可能性を閉ざしてしまう場面もよく見てきました。
しかしながら、デザイナーにも「営業」は必要です。
「営業」をしないと顧客への理解が深まりづらい。デザインの依頼が来ることやアサインされることに、指をくわえて待っているのでは、組織からは生産性のないコストと見られてしまう。
依頼が来てから仕事をしても、他者が作った要件の中でしかデザインできない。「そもそも何が問題か」という問題発見や問題定義には関与できなくなってしまう。プロジェクトの価値を自分で上げて自分の成長を加速させる、そんな術も失ってしまう。
今回は、デザイナーが創造的に成果を上げるために「営業」の概念をどう自分のものにするのか。そして、「営業」をデザインの具体的なアクションにどう組み込んでいくかについて解説します。
「営業」のあいまいさが誤解を生んでいる
まず、私は「営業」という言葉を安易に使わないようにしています。「営業」という言葉は意味が広くてあいまいなので、その言葉で議論しても具体的なアクションの解像度が上がらず、成果に至らないからです。ミスリードも誘発します。
アカウント戦略、顧客管理、リードナーチャリング、販売、追客、カスタマーサクセスなど、「営業」が指し示す範囲や、それぞれの意義を明確に区切って会話しないと、そもそも意思疎通できないものです。
例えば、戦略的な意図もなく漫然と顧客訪問しても、それでも「営業してきました」と言えてしまう。顧客訪問は「営業」の一部ではあるけども、それをもって「営業してきました」とはならないものです。デザインに当てはめると、リサーチだけを行って「デザインしました」と言っているのと同じ構図です。
このような「営業」の定義のあいまいさゆえ、デザイナーからはその理解が進まず、イメージだけで「営業」を捉えてしまう。冒頭のようなステレオタイプな認知が生まれ、デザイナーからは「自分とは関係ないもの」との誤解が加速してしまうのです。
「営業」のステレオタイプを脱する
そもそも冒頭のような「営業さん」は少数派になっています。
デジタルシフトや、拡大余地の少ない国内市場の制約によって、取引の力点は一回の購入ではなく、LTVを重視する流れになっています。そのため、冒頭のような「決まった商品を売るためにがんばる」のではなく、取引を開始する前の見込み段階から、商品・サービスの利用中に至るまでの連続的な取り組みが、現代的な「営業」の中心になっています。そこでは、顧客行動を捉えた上で、顧客視点でものごとを考えることが当たり前になっています。
加えて、「モノからコトへ」のようなサービス化の流れから、「商品を売る」のではなく「解決策を売る」という意識も当然のものとなっています。冒頭で「営業さんは何もつくらない」と述べましたが、それも間違いです。自社の商品性やケーパビリティと、顧客が抱える背景や潜在的・顕在的な問題を接続し、解決への道筋を考案し、難しい意思決定をサポートすること。これは構築的な問題解決思考を必要とするものです。
「人見知りなので営業はできない」といった、社交性重視の考えも誤解です。
例えば、書籍『チャレンジャー・セールス・モデル』では、営業担当者のタイプと業績パフォーマンスの相関について興味深い事実が掲載されています。
「誰とでもうまくやれる」ような、人間関係を築くことが上手なタイプの営業担当者は、平凡な業績を上げる担当者の中では最も割合が多いものの、高い業績を上げる担当者の中では最も割合が少ないとの調査データが示されています。
他方、高い業績を上げる担当者の中で最も割合が多いのは「論客タイプ」。つねに違った見方をする、議論好きというような傾向を示すタイプです。
これは、顧客の価値向上の要因を心得ていて、独自の分析的視点から顧客を指導することができる。それにより営業プロセスの主導権を握ることができる。このような特性から来ているものだとしています。顧客と仲良くなって成果を上げるのは並レベルの「営業さん」であって、上級レベルは独自の思考で相手を牽引するのだと、そう述べています。
こういった事実をふまえると、冒頭のステレオタイプな「営業さん」の像は、平凡な営業担当者の像としては一致するものの、高い成果を上げる営業担当者の像とは大きく外れたものと言えます。性格が社交的であることに越したことはありませんが、それは「営業」の必須要件とはならず、それよりも独自の視点と「言葉にする力」がキモであるとも言えるでしょう。
「営業」とデザインの一致点
ここまで見てきたように、現代の「営業」では、顧客行動の把握と顧客視点の思考や、複数の視点を統合した解決策の提示、独自の視点から人を動かすこと、このようなことが実際の成果につながるものとなっています。
お気づきのように、これは現代的なデザインの要点と一致します。同じ時代の同じ産業課題で成果を志向する2つの概念が、同じ要点を指し示すことは当然と言えば当然の結果です。
であれば、「営業」を「自分とは関係ないもの」と距離を置くのではなく、デザインの近接領域や補間領域として意味づけ、「営業」の知恵を我が物にしていくように考えるのが生産的です。
製造と販売、つくる者と売る者というような区分的な思考は、過去の産業課題によったものです。現代はそれらが溶け合う世の中なので、両者を統合的に思考することが自然であるとも言えます。
プッシュ型の思考と態度
「営業」とデザインを統合的に考え、「営業」の利点をデザインにどう取り入れるのか。その答えは、プッシュ型の思考と態度や、共通の利益を探索する姿勢にあると私は見ています。これらは、デザイナーの弱点を埋め合わせ、創造的成果を生み出すものとして、率先して取り入れるべきものだと考えています。
プッシュ型の思考と態度とは何か。それは、デザインの依頼が来ることを待つ、アサインされるのを待つのではなく、自分から働きかけ、成果創出の起点になっていくことです。自分から問題解決の当事者になっていくことです。
共通の利益を探索する姿勢とは何か。それは、デザインを協働する相手の利益をプロアクティブに探索し続けることです。デザインの価値を分かってほしいと星に願いをかけるのではなく、その相手にとってのデザインの価値は何かを探し、相手を主語にして伝えていくことです。
上の図は、「営業」の利点を取り入れたデザインプロセスです。「定義」「開発」「成長」は通常のデザインプロセスと同じものですが、その前段階に「企画」段階を置いているのがポイントです。
「企画」はプロジェクト企画のことであり、それを実行する主語はデザイナーと協働者の二者であり、場合によってはデザイナー単独のこともあります。事業会社のデザイナーであれば、協働者は社内別部門の担当者となりますし、デザインエージェンシーであればクライアント企業の担当者となります。「企画」の多くは、相手を巻き込み、ともにプロジェクトを作り上げる行為を指します。
「企画立案」を協働するために
「企画」の最初のステップは企画立案。プロジェクトの立ち上げです。叶えたい成果のためにプロジェクトを起案する行為です。自分の内発性や課題意識から他部門に起案することです。
デザイナーやデザイン組織の多くは、自分たちが持たない予算でプロジェクトを実行します。そのため、デザイナーが主導する企画立案は、デザイナーから他者への実行提案という形でスタートすることが多いものです。
デザイナーがその課題に対する詳細情報を完全に把握していて、協働者がそのプロジェクトを実行する必然性が明確であれば、話は簡単です。その具体内容を示し、提案すればよいだけです。
が、デザイナーが最初から詳細情報を把握していることは少ないものです。乏しい情報のまま提案をしても、共感を得られることは多くはありません。私はデザインエージェンシーのデザイナーですが、取引のまったくない企業にいきなり提案書を持ち込むケースは多くはありません。何が問題であるかを公開情報から類推するにも限界があり、一般論的な解決策しか提案できないからです。つまり、情報がないのです。
有効な提案のためには、まず情報の把握が必要になります。そのためにはコミュニケーションが必要ですが、ここでも問題があります。デザイナーの都合で相手に会ってくれと言っても、たいがいは会ってくれないか、優先度を下げた対応しかしてくれません。なぜなら相手にとって会うメリットを感じないからです。
日頃から各所に顔を出し、相手にとって、会う価値のあるデザイナーだと認識されていれば別です。しかしそれであっても、相手から見たら、自分たちが抱える課題や、これから取り組もうとしている構想については話しづらいもの。信頼を得ていないと話すのも難しいものです。
共通の利益を探索し、ギブする
そこで必須なのがギブする姿勢です。協働する相手から情報をもらうよりも先に、相手に価値を提供する姿勢です。常にギブが先です。
例えば、勉強会やセミナーの開催。協働する相手にとって成果創出のヒントとなる情報をこちらから提供する。場合によっては、どのように解決するかの仮説を具体的にカタチで提示してみる。気づきや学びをギブするのです。
勉強会では、対話の機会を設けることで、さまざまな情報を収集することもできます。その情報によって、デザイナーは事業や業務の暗黙的な情報を知ることができ、提案やデザインそのもののクオリティも向上します。ともに学ぶ接点をつくるのです。
必要な情報を常日ごろから相手に提供する姿勢も重要です。勉強会のような特別な場でなくても、相手にとってヒントとなるようなリサーチデータやデザインに関する記事など、相手の目線になって探索していきます。
これは「相手に尽くす」というような、へりくだった行為ではありません。相手はデザインのことはわからないわけですし、自分も相手の状況や事業・業務の実情を完璧に知っているわけではありません。お互いに知らないもの同士、その境界面にあるだろうステキな仕事を、両者で探索する行為なのです。
異なった専門領域の境界をつなぐもの(=バウンダリーオブジェクト)として、勉強会を実施したり、リサーチデータを活用したり、記事を展開するなどを日常的に繰り返すのです。呼吸するように。当たり前に。その境界に触れる習慣をつけるのです。
「営業」とは、売るというよりは、探索に近いものなのかもしれません。
「自分たちができること」を知り、話し、離れる
探索においてまず必要なのは、自分たちができることを知ることです。自分たちデザインチームやデザインエージェンシーが何ができて、何ができないかを知り、説明できるようになることです。当たり前といえば当たり前ですが、完璧にできる人は多くはないと思います。
「自分ができること」は誰しもが分かることですが、「自分たちができること」は日ごろから知る努力をしないと説明できないものです。組織の外部にアンテナを張ることも重要ですが、内部情報もしっかりキャッチする習慣を持つことが必要です。
加えて、「自分たちができること」を理解すると同時に、その限界にとらわれないで成果を構想することも重要です。
読者がUIデザイナーだけのチームであった場合、UIデザインの話題だけしているのであれば、相手の問題の核心に触れる機会は限定的です。解決のフォーカスがUIで解決できることに絞られてしまいます。相手から見ても、なんでも無理やりUIで解決しようとするデザイナーは魅力的ではありません。
UIデザインよりはデザイン全体。デザインだけよりは、デザインとマーケティング。マーケティングよりは事業そのもの。事業そのものよりは経営の全体。とデザイナーの知識の幅に応じて探索の守備範囲は広がっていきます。知識の幅を広げるのが最善ですがそれも時間がかかります。
そこで、すべてのデザイナーが今すぐできることは「自分たちができること」や「自分たちがわかること」にこだわらない姿勢を持つことです。相手が抱える問題解決に「自分たちができること」や「自分たちがわかること」がはまらなかった場合は、できる人やわかる人を外部から連れてこればよいのです。そういった連携ができることも、相手にとっては大きな価値となります。
プロジェクト計画と調整・資源獲得
対話の中で、協働する相手の問題を理解したり、背景情報を知ることができれば、具体的な提案が可能になります。
相手が直面している状況や、相手からお願いされていること(与件)。デザイナーから見て解決すべきゴールやプロジェクトの目的(要件)。それをどのような手順やスケジュールで行うのか。どのような体制や費用で実現させるのか。こういった内容を考え、相手に提案し協議を重ねて実現に向けて動いていきます。
実行すべきプロジェクトの実像がはっきりしていくと同時並行に、費用の調達や人員の確保など、調整も重ねていきます。
このあたりを細かく描写していくと、今回の記事のテーマにある「営業」とは段々と離れていきますので、ここまでとします。また別の機会で記事にできればと思います。
「営業」は誰がやるのか
冒頭に、デザイナーにも「営業」は必要だと書きました。自分の組織には営業担当がいる。こういった業務はデザインプログラムマネージャーがやってくれる。だから自分はやらなくていい。こんな声もあると思います。すべてを否定しません。
私は、デザインエージェンシーで20年活動しています。役員として約10年間、経営の視点からも組織を見てきました。その視点から見て、デザイン組織のボトルネックは常に「営業」にあります。仕事の供給という量の視点でも、仕事の品質という質の視点でも「営業」の影響力は大変に大きい。依頼の量を確保できないと組織は干上がりますし、依頼の質を維持しないと組織能力を最大発揮できませんし、人も育ちません。
その機能を専業にすると、常にそこがボトルネックになります。たとえ、「営業」の専業メンバーがいたしても、だれもが「営業」でき、その裾野を広げれば、組織の持続性に関わるリスクは大きく下がる。デザイン組織に依頼される仕事のクオリティも高い状態で安定する。個々のデザイナーのキャリアのリスクも下がり、選択肢も広がる。
「営業」は一朝一夕にはできません。勘も大事です。若いうちから、「営業」の現場=探索の現場に立ち、技術と勘を磨く必要もあります。「誰かが仕事をつくってくれる」状況が突然消える日も、いつかは来ます。いくら「営業」が苦手と言っても、その日は必ず訪れます。
毎日「営業」するようにとはまでは言いません。が、呼吸するように、デザインとデザインでないものの境界に触れ、日常的に他者と対話すること。これだけでも随分と違ったものになるのだと、私は思っています。
仕事があるのはありがたい
最後に。ここまで書いてきて思い出したことがありました。デザインに「営業」を取り入れる価値として「プッシュ型の思考と態度」と「共通の利益を探索する姿勢」の二つを挙げました。が、もう一つありました。それは、プロジェクトへの感謝です。
「営業」の視点を持つと、目の前にプロジェクトがあることがいかに素晴らしいことか、ありがたいことかが身にしみて分かってくると思います。プロジェクトをつくることの難しさや、それがスタートする動機の源泉や、関わる人の想いの交差も見えてきます。感謝の気持ちは、当事者性や創造性も育みます。
デザインは「問題とその解決」といった乾いたものではなく、生身の人間の営みであると。デザイナーが「営業」を考えることで得られる最大のものかもしれません。
Photo by Tamanna Rumee on Unsplash
※今回はデザイナーと「営業」について、その必要性から具体的な行動にいたるまで紹介しました。下記の記事では、「営業」が必要な背景となる、「デザイナーが不本意にコストセンター化し、発展的な成長を遂げられない問題」について言及しています。あわせてご覧ください。