思い出ラーメン

ただ単位を取るだけのために参加する講義。当然、やる気も教科書もない。そのくせ教授は広い教室を見回す嫌なタイプなので漫画も読めない。できることは窓際に座って、外の景色をぼーっと眺めることぐらいだ。

はやく終わらないかな。

こういう時、アナログ時計の秒針は何かの呪いでもかかっているんじゃないかというぐらい、動きが遅い。コッチ、コッチ、コッチと時を刻む。

隣では俺と同じように魂が抜けた顔をした友人Aがいる。バイトのシフト表を眺めてる。大方、彼女いつデートしようとか考えているんだろう。うらやましい。

耐え忍ぶこと90分。ようやく講義が終わった。午前からぶっ続けで3コマの一般教養はつらい。昼飯を食いそびれていたので腹がすいて仕方がない。つまらない講義が手伝って、空腹感が際立つ。

「飯食った?ラーメンいかない?」と、Aを誘った。

「ごめん。おれ食っちゃったんだよね」とフラれる。

しかたない。一人メシか。

大学に入って一人暮らしをはじめて、一人でメシを食うことが増えた。カネの問題はあるけれども、自分の好きなものを好きなタイミングで食えるのはいいことだ。欲望をストレートに満たす幸福感がいい。一方で、好きな友達と食う、好きな飯のうまさも格別なので、フラれたのは少しさびしい。

「じゃあ、また!」と、ちょっとカラ元気で言い残して教室を後にした。

講義の最中から心は決まっていた。ラーメンだ。アブラがギトギトした、豚骨の匂いがこれでもかって漂ってくるヘビー級のやつだ。それ以外にありえない。

早足で銀杏並木のゆるやかな坂を下っていく。葉の色が変わるのはもう少し先だ。ワイワイ言いながらゆるく歩いていく学生の間を、スラロームの要領で追い抜いていく。

ラーメン。ラーメン。ラーメン!

キャンパスを後にし、門前にある駅ビルをくぐり抜け、駅の逆サイドへ。牧歌的な商店街が放射線状に広がっているエリアだ。昼時終わりで、買い物しているおばちゃんや、腑抜けた顔をした学生たちでやや賑わいを見せている。

目的地は商店街の先の方。いや、奥地と言ったほうが正しい。視線の先の先にあるであろう目的のラーメン屋以外、何も見えない。競歩選手みたいな歩き方で店の前にくると、行列はなし。ツイてる。

シンプルな白い大きな看板。たっぷりの余白を残し、中心には勢いのある赤色で店名が描かれている。「らすた」と。店の前に立つだけで、ぷうんと豚骨臭が漂ってくる。胃袋に響く匂いだ。

券売機でらーめん、トッピングののり、そして白飯を押す。ATMの暗証番号入力くらい自然な指運びだ。本当ならシャーシュートッピングで味玉もつけたいが、財布が悲鳴をあげている。でも、のりだけは、のりだけは譲れない。

空いているカウンターに通される。「アジコメカタメアブラオオメで」と言いながら食券をカウンターに置いた。らすたにおけるデフォルト設定。これ以外、我が胃袋を満足させる呪文はない。

人が食っているラーメンによだれを垂らしながら待つこと5分程度。「おまたせしやした〜」という声とともに着丼。まるでひまわりの花びらのように、どんぶりの周囲をぐるりと一周のりが置かれている。麺の上にはハム系のチャーシューが一枚。あとはほうれん草というシンプルな見た目。

「いただきます」

手を合わせて、誰に言うでもなく言う。でも、口の端にはしまりのないニヤケが浮かんでる。食える。食えるぞ。

やや茶色がかったスープに箸の先をつっこみ、麺を引き上げる。テッカテカの中太麺が現れる。豚骨くさい湯気にまみれ、ズゾゾッとすする。オイリーだが、醤油と豚骨ががっぷり四つに組んだスープがよく絡んでいる。ううむ、強い。

口いっぱいになるくらい麺をほおばるのが好きだ。麺とスープで口の中が満たされるのが大好きだ。ごくんと麺をのむときのボリューム感がたまらないからだ。のどをぐいぐい移動していき、胃袋にズドンと届く。これがわかるラーメンはあまりない。らすたのは間違いなく「食ってる」ことを体感できる。

今度はのりだ。パリッと極厚。コイツをテッカテカのスープに浸す。ほどなくしてしなしなしてくるので、ズルリと引き上げて白飯の上に置く。寿司の卵巻きの要領で白飯を器用に巻いて、口に放り込む。のりの香り、やや硬い白飯の弾力と甘み。そしてヘビーなスープが襲ってくる。これもたまらない。

おっと、忘れてはいけない。のりの白飯巻きの後は、スープがついた白飯をワシワシとかきこむ。今度は白飯が主役で、引き立て役が若干のスープ。バランスが変わるだけでこうも味が変わるのか。楽しいじゃないか。

店内の雰囲気なんてどうでもいい。このラーメンと白飯。そして自分で組み手をしていればそれだけでいい。麺をいき、飯をワシワシくって、たまにスープをすすって。どのタイミングで虎の子のチャーシューをやっつけるか。こんな組み手を10分程度繰り広げた。

気がつくとどんぶりはスープもふくめてすっからかん。白飯もきれいになくなった。あるのはテカテカな顔をした自分だけ。腹はきっちり満タンになっている。

「ごちそうさま〜」と言い残して、店を後にした。

適当に自販機でアイスコーヒーを買って、「いやあ、よかったわ〜」とつぶやきながらちびちびとやる。我が人生で最も幸せなラーメンだ。

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