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創作箱

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あくまでもフィクション。現代だったりファンタジーだったり。創作したものを詰めていく箱。
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2020年2月の記事一覧

ビターチョコ①

ビターチョコ①

彼女が泣きながらチョコの包みを抱えて、私の家を訪れたのは2月の初めの週末の事だった。
昨年彼女の高校受験のために私は家庭教師をしていて、彼女の顔を見るのは合格発表以来の事だった。連絡もなく声もあげずに泣きながら姿を見せた彼女に驚きはしたものの、知らない仲ではないのでひとまず部屋に通した。慣れた足取りでソファーに向かうのを見届けながら、ひとまずやかんを火にかける。お茶を入れるためにというのはただの口

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ビターチョコ②

ビターチョコ②

「甘さ控えめでコーヒーとの相性もよくて見た目もきれいで美味しそうなのって探して相談していろいろ回って、ようやくこれだって思ったのを見つけて買って嬉しかったのに…」
そこまでを勢いよく話していた彼女が不意に言葉を詰まらせた。迷うように視線を泳がせて何かを口にしようとしてそれを出来ずにいる。ココアを口に含ませてひとつため息を落とし、深く息を吸い込んだあとまっすぐな視線で私を射抜いた。
「せんせぇは…女

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ビターチョコ③

ビターチョコ③

どれくらいの間沈黙が続いたかはわからない。一瞬だったのかもしれない。もしくはあきれるほど長い間だったのか。結論としてはコーヒーが少しぬるく感じる程度の時間が経過していたことは間違いない。
「あ、あの、せんせぇ、ごめんなさい。こんなの聞かれても困っちゃいますよね…」
焦って少しどもりながら話す彼女の声に顔をあげた。先ほどまで照れて朱に染まっていた顔が泣き出しそうにくしゃりと歪んでいる。
「本当にごめ

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drops

drops

さっきからカーソルが全然動いてないのは気付いてるさ。サイトで小説載せるようになってかれこれどんくらいかなぁ…?飽きてやめたり思い出したように始めたりの繰り返しだから、トータルで何年やってんだかなんて思い出せるわけねぇよ。サイトもペンネームもころころかわって何番目だろうねぇ。最初のペンネームが綾鷹なのは覚えてるよ。つけた理由とか意味は覚えてないけど。
週に一度は更新するようにしようって自分で決めて。

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別れの日

別れの日

彼女の指先をじっと見つめていた。
シュガーポットから砂糖をひとつ、ふたつと取り出してコーヒーに落とし。ミルクを少しだけ。スプーンで軽く混ぜる。コーヒーと混ざりきらずに渦を描いている状態で口をつける、いつもの癖。
おしぼりで律儀に手を吹いてからミックスサンドに手を伸ばす。卵は最初に。ハムは最後。
「それで今日はどうしたの?」
今日の天気でも聞くような何気ない口調。今、僕が何を考えているのかきっとまだ

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恋とか愛とか好きとか①

恋とか愛とか好きとか①

これは酒でも飲まないとやってらんないと思って、古くからの友人である明里にLINEを送った。今夜付き合え、と一言だけ。簡潔に了解のスタンプといつもの店に8時でとすぐさま返ってきた。今はまだ何も聞かないでいてくれることがありがたい。
男友達ができる度に大抵結末はいつもこうなるのだ。自分としてはどこまでも友情しかないし、男女間でも友情は成立すると思っている。けれど相手にとってはそうではないことの方が多い

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恋とか愛とか好きとか②

恋とか愛とか好きとか②

明里が他の人の話を小耳に挟みながら酒を呑むのが嫌いというので、いつからか個室居酒屋で呑む習慣が出来上がっていた。料理がそれなりにおいしくお酒もほどほどに濃く種類もあり、そしてなにより時間無制限で飲み放題という店を見つけてからよく通っている。コースにしても3,000円前後と安いため常に若い人達が群がっている。私たちはちょっとだけずるい大人のため、事前に連絡をいれることによってスムーズに席に通された。

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恋とか愛とか好きとか③

恋とか愛とか好きとか③

感情なんてもういらないよ、という歌をどこかで聞いたような気がする。どこで聞いたかはもう忘れてしまった。でもその歌詞はずっと私の中に残ったままだった。感情がなければこんなに思い悩むこともなくて済むのに。…あぁ、でも苦しみだけではなく楽しいこともわからなくなってしまうのか。それはやだな。
杯をいくつか重ねているうちに無性に腹が立ってきた。勝手に好きになられて。勝手に振られた感じになって。そしてなんで今

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